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物を捨てるのが、

あまり得意ではありません。

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「いつか使うかもしれない」

その日の朝、

少しだけ時間があったので、

机の引き出しを整理していました。

こういうことを始めると、

必ず出てきます。

何年も前のレシート。

何につなぐのか分からないケーブル。

もう書けないペン。

昔使っていた小物。

映画の半券。

必要かと聞かれれば、

たぶん必要ありません。

それなのに、

捨てようとすると、

手が止まります。

「いつか使うかもしれない」

そう思って、

また引き出しへ戻す。

でも、

何年も使っていないものを、

これから突然使う可能性なんて、

たぶんそれほど高くありません。

自分でも分かっています。

それでも、

捨てられない。

どうしてなんでしょう。

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捨てたいのは、物だけなのに

物を捨てるのが苦手なのは、

もったいないからだと思っていました。

まだ使える。

壊れていない。

いつか必要になるかもしれない。

でも、

引き出しから出てきたものを眺めていると、

どうも、

それだけではない気がしました。

たとえば、

昔の映画の半券。

映画そのものなら、

もうタイトルすら覚えていないものもあります。

それなのに、

日付を見ると、

「ああ、この頃か」

と思う。

使い切ったペンもそうです。

ペンとしては、

もう役目を終えています。

でも、

細かな傷を見ていると、

使っていた頃のことを、

なんとなく思い出す。

物には、

その物そのものとは別に、

一緒に過ごした時間がくっついているのかもしれません。

だから、

捨てようとすると、

少し迷う。

捨てたいのは、

物だけなのに。

なぜか、

そこにくっついている時間まで、

一緒に捨てるような気がしてしまいます。

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青いキーホルダー

鍵に、

小さな青いガラスのキーホルダーを付けていました。

20代の頃、

旅行先の小さな雑貨店で買ったものです。

誰かにもらったわけではありません。

何か特別な記念に買ったわけでもありません。

たまたま店で見つけて、

きれいだなと思って買った。

それだけです。

それなのに、

気づけば10年近く使っていました。

表面は傷だらけ。

金具も、

少し頼りなくなっています。

それでも、

光に透かしてみると、

まだ少し青い。

何度か、

そろそろ新しいものに替えようと思いました。

実際、

雑貨店で新しいキーホルダーを見たこともあります。

でも、

買いませんでした。

別に、

この青いキーホルダーでなければ困るわけではありません。

むしろ、

ここまで使えば、

十分だったはずです。

それでも、

鍵から外せませんでした。

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昔の自分がいた証拠

なぜ、

こんなに捨てづらいのだろう。

考えてみました。

買った旅行先に、

ものすごく特別な思い出があるわけではありません。

その旅行で何を食べたのかも、

どこを歩いたのかも、

かなり忘れています。

でも、

このキーホルダーを買った自分がいたことだけは、

確かです。

今より若くて。

今とは違う仕事をしていて。

今とは違うことで悩んで、

今とは違うことで笑っていた。

もちろん、

キーホルダーを捨てたからといって、

その頃の自分まで消えるわけではありません。

そんなことは、

分かっています。

でも、

長く持っていた物には、

ときどき、

昔の自分が本当にそこにいた証拠

みたいなものを感じることがあります。

だから、

捨てづらいのかもしれません。

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「もう、いいかな」

その朝。

鍵から、

青いキーホルダーを外しました。

何か大きな出来事があったわけではありません。

気持ちを切り替えようと思ったわけでもありません。

過去と決別しよう、

なんて考えたわけでもありません。

ただ、

手のひらに乗せて眺めていたら、

ふと、

「もう、いいかな」

と思いました。

10年近く、

一緒にいました。

十分使いました。

そろそろ、

ここまででもいいのかもしれない。

そう思って、

ゴミ箱の前まで行きました。

でも。

捨てられませんでした。

……。

こういうところです。

「もういい」と思った数秒後に、

捨てられない。

自分でも、

面倒な性格だと思います。

結局、

キーホルダーをポケットに入れました。

鍵も、

同じポケットに入れました。

ただ、

もう二つは、

つながっていません。

そのまま、

仕事へ出ました。

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仕事帰り

そして、

仕事帰り。

駅を出て、

いつもの道を歩いていました。

コンビニの前を通って、

信号を渡って、

いつもの角へ向かう。

朝、

捨てられなかったキーホルダーは、

まだポケットの中にあります。

だからといって、

どうするか決めていたわけではありません。

家へ持って帰れば、

たぶん、

またどこかにしまう。

そして、

何か月かして、

また同じことを考える。

そんな気もしました。

いつもの角が近づいてきました。

でも、

その日は、

なぜか、

一本手前を曲がりました。

普段は通らない道です。

小さなパン屋。

古い自動販売機。

家の前に並んだ植木鉢。

どこかから漂ってくる、

夕飯の匂い。

そんなものを眺めながら、

歩きました。

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小さな公園

しばらくすると、

小さな公園がありました。

少し歩き疲れて、

ベンチに座りました。

ポケットから、

青いキーホルダーを取り出しました。

夕方の光に透かしてみると、

やっぱり、

まだ少し青い。

傷は増えているし、

新品の頃とは、

ずいぶん違うはずです。

それでも、

青は残っていました。

しばらく、

手の中で眺めました。

そして、

青いキーホルダーを、
ベンチの端に置きました。

私は、

立ち上がりました。

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数歩だけ

数歩、

歩きました。

振り返りました。

キーホルダーは、

まだそこにありました。

当たり前です。

ついさっき、

自分で置いたのですから。

戻ろうと思えば、

すぐ戻れます。

数秒です。

私は、

しばらくその場に立っていました。

捨てた。

というのとも、

少し違う気がしました。

手放した。

というほど、

きれいな気持ちでもありませんでした。

ただ、

置いてきた。

たぶん、

それが一番近い言葉です。

誰かが拾うかもしれません。

そのまま、

ずっとそこにあるかもしれません。

最後には、

ゴミとして片づけられるかもしれません。

それでも、

私は戻りませんでした。

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「。」は、消すための記号ではない

帰り道、

「終わる」ということについて考えていました。

文章の最後には、

「。」

を置きます。

ここまで。

この文章は、

ここで終わり。

そう伝えるための記号です。

でも、

よく考えると、

「。」を置いたからといって、

それまで書いた文章が、

消えるわけではありません。

むしろ、

そこまで書いたものを残したまま、

最後に、

「。」

を置く。

だったら、

何かを終わらせることも、

少し似ているのかもしれません。

終わらせることは、

なかったことにすることではない。

手放すことは、

忘れることでもない。

そこまで一緒にいた時間は、

そのまま残る。

ただ、

ここまでだった。

そう決めるだけ。

そう考えると、

「。」は、

何かを消すための記号ではなく、

そこまであったものを、

そのまま残すための記号にも見えてきました。

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家に着いて

家に着きました。

玄関の前で、

ポケットから鍵を出しました。

その瞬間、

指先に違和感がありました。

いつもの感触がない。

「あれ?」

そう思って、

鍵を見ました。

青いキーホルダーが、

ありません。

一瞬、

どこかで落としたのかと思いました。

そして、

すぐに思い出しました。

あ。

……そうだった。

自分で、

置いてきたんだった。

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気持ちは、思ったより

自分で置いてきたものなのに、

なくなったことに気づいた瞬間、

少しだけ、

寂しくなりました。

不思議です。

頭では、

もういいと思っていました。

自分で鍵から外した。

自分でベンチに置いた。

自分でそこから歩いた。

全部、

自分で決めたことです。

それなのに、

長いあいだそこにあったものが、

いつもの場所にない。

それだけで、

少し寂しい。

……。

気持ちというのは、
思ったより、
言うことを聞いてくれないものです。

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私は、

探しには戻りませんでした。

あの青が、

消えたわけではありません。

キーホルダーを買った日の私が、

いなくなるわけでもありません。

一緒に過ごした時間が、

なかったことになるわけでもありません。

ただ、

ここまで。

長いあいだ、

そこにあったものへ。

そう言うように。

#エッセイしりとり

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