(お題ss)不健康の価値

 「ヤマダさん、このままだと大変なことになりますよ。でも、安心してください。私は、医師です」
目の前に座る、白衣を着た医師は、私に真剣な目をくべながら言った。

 「先生が仰ることはごもっともです。…ですが、本当に必要なんでしょうか?」
私は医師からの圧を感じながらも、改めて意見を問う。
 「ヤマダさんは、私の見立てが、間違えているかもしれないと。疑義があると、言いたいわけですか?」
 先程までの眼差しから比べると、睨むに近い目線で私を見ながら続ける。

 「いいですか。まずこの数値を見てください。100から70が健康の範囲で、下回ると、いわゆる不健康です。よく見て、どうなっているか、私に言ってください」
 私は指で示された数値に目を落とし、消え入りそうな声で、つぶやくように言う。
「…範囲からは、はみ出ています」
 医師はその言葉にゆっくりと頷き、続けて、幾つかの数値を指差していく。
 私もそのひとつひとつを見る。
そしてため息をつき、下を向きながら言葉をこぼした。
「全て、数値は、範囲から…はみ出しています」

 医師はその言葉に満足したのか、私にニッコリと笑いかけた。
その表情に狂気を感じる。

 「そうです。分かってくれますよね。だから検査が必要なんです。未来のために、必要なんです。私なら、それができるんです。」
段々と、医師の声は大きくなっていく。
 説得というよりも、洗脳するかのように、私の逃げ場を奪っていくように感じた。

 私は肩をがっくりと落として、誰に言うでもなくつぶやく。
「だからといって、何も、1年間も入院だなんて…あまりにも」
 そこまでつぶやいたところで、医師はイスから立ち上がり、身を乗り出しながら、私の肩を両手で掴んだ。
「ヤマダさん!あなたの今と、未来。どっちが大切ですか!あなたなら未来を変えられる。あなたなら、できる。私はあなたのような人を、待っていました」

 私は、医師の顔も見ず答える。
「そりゃあ…自分の、今ですよ。人類の未来って言われても、正直なんで私がって思ってしまいます…」

 数値は正常の範囲を全て越え、まさに健康中の健康。
しかし私は、暴飲暴食の権化。
 脂とコレステロールを愛し、アルコールに愛された男。
不規則な生活と結婚し、強ストレスな会社でストレスを乗りこなす。
周りからは羨望の目を向けられ、こう言われている。

「近くて遠い三大疾病予備軍」
「高カロリー高燃費」
「反面教師の模範解答」

 …なのに、この数値。
医師は人類のために検査という名の、人体実験をしたいそうだ。

 全く納得もできず、断り続けてかれこれ12時間。
さすがに、意識も朦朧としてきた。
医師はまだ説得を続けている。
「前にいた同じタイプの人は、残念ながら、もう役に立たなくなったんです。私には、あなたが頼りなんです」

 私は医師を見ないよう、窓に向かって、いや、あるいは神に向かってつぶやく。
見えないが、たぶん、医師は笑っているだろう。

「不健康でいさせてよ…」
窓から射し込む日の熱と、背後に感じる狂気。
どちらが熱いのか、なんて考えながら。

 背後から、医師が何かに書きこんでいるような音がする。
それは同意書ではないと、信じたい。

ようやくいつもの感じに戻れた。
お題、ありがとうございます!

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