【原曲小説④・僕も君も、選ばれなかった】
僕と君は、
あまり似ていない。
僕は、店に入る前にメニューを見る。
君は、席についてから考える。
僕は約束の時間より少し早く着く。
君は五分くらい遅れる。
僕は人の話を最後まで聞こうとする。
君は途中で笑わせる。
僕は、
君のそういうところを、
少し雑だと思っていた。
君はたぶん、
僕のことを、
少し面倒だと思っていた。
それでも、
長く一緒にいた。
理由は、
よく分からない。
友達なんて、
案外そんなものだと思う。
だから。
まさか僕たちが、
同じ人を好きになるとは思わなかった。
彼女とは、
三人でよく会っていた。
最初は、
君が連れてきた。
「こいつ、面白いよ」
人を紹介する言葉として、
ずいぶん雑だと思った。
彼女は笑った。
「どう面白いんですか?」
君は僕を見る。
「説明すると面白くなくなるタイプ」
「お前が説明できないだけだろ」
「ほら、こういうところ」
彼女はまた笑った。
その時は、
何とも思わなかった。
本当に。
何とも。
三人で、
よく食事をした。
映画も見た。
一度だけ、
夜中の二時までファミレスにいた。
話題は、
途中からどうでもよくなった。
子どもの頃に怖かったもの。
今まで食べた一番まずい料理。
一週間だけ別の仕事ができるなら何をするか。
彼女は、
宇宙飛行士と言った。
君は、
「一週間で帰ってこれる?」
と聞いた。
彼女は、
「そこ?」
と言って笑った。
僕は、
その笑い方を覚えた。
少し下を向く。
それから、
顔を上げる。
たぶん。
あの夜だったと思う。
帰宅して、
歯を磨いている時。
突然、
思った。
この人と、二人でいる時間が欲しい。
別に、
雷が落ちたわけではない。
運命も感じなかった。
ただ、
三人ではなく、
二人で話してみたいと思った。
その程度だった。
でも、
恋なんて、
始まりは案外その程度なのかもしれない。
数週間後。
君と二人で歩いていた。
駅からの帰り道。
君が言った。
「なあ」
「何」
「俺さ」
その言い方で、
少し嫌な予感がした。
「うん」
君は前を向いたまま、
言った。
「あの人、好きかもしれん。」
僕は、
歩き続けた。
「へえ」
それしか言えなかった。
君が見る。
「何、その反応」
「別に」
「もっと驚けよ」
「驚いてるよ」
「見えない」
「そういう顔なんだよ」
しばらく歩く。
僕は、
言わなくてもいいと思った。
でも。
言わないと、
あとでもっと面倒になる気がした。
「僕も」
君が止まった。
「何」
「好きだよ」
今度は、
君が黙った。
数秒。
「……マジ?」
「うん」
「いつから?」
「知らん」
「そこ知らんの?」
「お前は?」
「俺も知らん」
二人で、
また歩き始めた。
しばらくして、
君が言った。
「最悪だな」
僕も答えた。
「最悪だな。」
そこから、
僕たちは少し変になった。
彼女は、
何も変わっていない。
僕たちだけが、
勝手に変わった。
三人で店へ行く。
彼女と君が、
向かいに座る。
それだけで気になる。
君が彼女を笑わせる。
腹が立つ。
僕が彼女と話していると、
君が妙に静かになる。
帰り道。
君が聞く。
「今日さ」
「何」
「途中、二人で何話してた?」
「映画」
「どの映画?」
「お前、トイレ行ってただろ」
「だから聞いてんじゃん」
「別に大した話じゃないよ」
「ふーん」
その、
「ふーん」が腹立つ。
僕も同じことをする。
「昨日、彼女から連絡来た?」
「来た」
「何て?」
「なんで言わなきゃいけないの」
「別に」
「じゃあ聞くなよ」
「別に聞いただけ」
「お前の別には全部別にじゃない」
意味のない会話だった。
僕たちは、
彼女を見ているつもりだった。
でも実際には、
どんどん君ばかりを見るようになった。
君の方が、
彼女を笑わせている。
一点。
僕の方が、
彼女を長く知っている。
一点。
君には、
彼女から相談が来る。
二点。
僕には、
彼女と二人で食事したことがある。
三点。
ある日、
彼女が僕の服を褒めた。
僕、五十八。
君、四十二。
翌週。
彼女が君へ、
「話してると楽」と言った。
僕、三十七。
君、六十三。
もちろん。
そんな点数は、
どこにも存在しない。
僕たちの頭の中にしかない。
それなのに、
順位が上がったり下がったりするたび、
本気で一喜一憂した。
恋愛は、
いつから競技になったのだろう。
たぶん。
僕たちが勝手に競技にした。
ある夜。
君と僕だけで酒を飲んだ。
君が言った。
「一個決めとこう」
「何」
「先に告白した方が勝ち、みたいなの無しな」
「子どもかよ」
「お前、やりそうじゃん」
「やらないよ」
「本当?」
「お前こそ」
「俺は堂々と行く」
「何が堂々なの」
「知らんけど」
僕は笑った。
そして。
本当に、
馬鹿みたいな約束をした。
どちらが選ばれても、相手を恨まない。
今思えば。
この約束自体が、
もう間違っていた。
僕たちは当然のように、
彼女が、
僕か君のどちらかを選ぶと思っていた。
二人しか立候補していない選挙なら、
どちらかが当選する。
そんな感覚だった。
彼女は一度も、
候補者を募集していないのに。
先に告白したのは、
僕だった。
抜け駆けではない。
たぶん。
少なくとも、
そういうことにした。
二人で食事をした。
帰り道。
駅まであと三分。
言おうと思った。
言えなかった。
あと二分。
まだ言えない。
改札が見える。
このまま別れたら、
次はいつ言えるか分からない。
「ちょっといい?」
彼女が振り返る。
「何?」
僕は、
思ったより普通に言えた。
「好きなんだ」
彼女の顔から、
笑顔が少しだけ消えた。
その時点で、
だいたい分かった。
でも。
最後まで聞いた。
「もしよかったら」
喉が乾く。
「これからは、二人で会いたい」
彼女は、
少し黙った。
そして言った。
「ごめん。」
短かった。
だから、
余計に分かりやすかった。
「そっか」
彼女は、
何か説明しようとした。
「違うの、嫌いとかじゃなくて」
僕は、
聞けなかった。
「大丈夫」
そう言った。
大丈夫ではなかった。
でも。
失恋した人間は、
なぜかよく、
大丈夫と言う。
不思議な習慣だ。
帰りの電車。
僕の頭に最初に浮かんだのは、
彼女ではなかった。
君だった。
ああ。
君か。
そう思った。
僕が駄目なら、
君なのだ。
だから彼女は、
僕を選ばなかった。
そう考えると、
急に腹が立った。
君に。
彼女に。
自分に。
でも、
約束した。
どちらが選ばれても、
恨まない。
だから、
君には何も言わなかった。
三日間。
四日目。
君からメッセージが来た。
《今日、飯いける?》
行きたくなかった。
既読をつけて、
五分放置した。
それから、
《いける》
と返した。
僕は、
こういうところが少し面倒なのだと思う。
深夜のファミレス。
君は、
いつもより静かだった。
ドリンクバーのコーヒーを、
一口も飲んでいない。
僕は先に言った。
「僕さ」
「うん」
「振られた」
君の手が、
止まった。
「……マジ?」
「うん」
君は、
本当に驚いていた。
僕は、
その顔を見て。
少し腹が立った。
「おめでとう」
君が眉を寄せる。
「何が」
「お前なんだろ」
「何が」
「彼女」
君は、
しばらく僕を見た。
それから。
静かに言った。
「俺も振られた。」
僕は、
理解するまで三秒くらいかかった。
「は?」
「俺も」
「告白したの?」
「昨日」
「で?」
「だから振られた」
「……お前も?」
「うん」
僕は、
本当に分からなくなった。
だから、
聞いた。
「じゃあ誰なんだよ。」
君は、
少し呆れた顔をした。
「誰って何」
「他に誰かいるの?」
「知らん」
「じゃあなんで」
君は、
僕を見た。
そして言った。
「誰かを選ばなきゃいけないわけじゃないだろ。」
僕は、
黙った。
コーヒーを飲んだ。
ぬるかった。
君も、
ようやく自分のコーヒーを飲んだ。
「まず」
「それ、さっきから置いてるからだろ」
「お前のもだろ」
「僕のは最初からまずかった」
「店に失礼だぞ」
少し笑った。
そのあと。
また黙った。
僕か。
君か。
その二択は、
最初から存在していなかった。
僕たちの中にしか。
なかった。
数日後。
彼女から、
三人で話したいと連絡が来た。
僕は嫌だった。
君も嫌だった。
でも。
三人とも来た。
最初に話したのは、
彼女だった。
「一つ聞いていい?」
僕たちは、
同時に頷いた。
彼女は言った。
「いつから私、二人の勝負になったの?」
僕は、
何も言えなかった。
君も。
「私がどっちと話してたとか」
「どっちに連絡したとか」
「どっちが先に告白するとか」
僕が君を見る。
君も僕を見る。
全部、
バレていた。
彼女は続ける。
「好きになってくれたことは」
一度、
言葉を止めた。
「嫌じゃない」
僕たちは黙って聞く。
「でも」
彼女は、
はっきり言った。
「私、二人のどっちかを選ぶ話にされたくない。」
痛かった。
でも。
反論する言葉はなかった。
「ごめん」
僕が言った。
君も言った。
「ごめん」
彼女は、
少しだけ笑った。
そして。
「私の気持ちは、私のものだから。」
それだけだった。
それから、
三人で会うことはなくなった。
少なくとも、
しばらくは。
僕は、
ちゃんと失恋した。
朝起きる。
普通に仕事へ行く。
飯も食う。
人とも話す。
でも、
妙な瞬間に思い出す。
コンビニの新商品。
彼女なら買うかな、とか。
映画の予告。
これ見たいって言ってたな、とか。
何でもない場所に、
未来の残骸みたいなものが落ちている。
たぶん。
僕が失ったのは、
彼女だけではなかった。
彼女と過ごすつもりだった未来。
行くつもりだった店。
するつもりだった会話。
まだ存在していなかった時間。
そういうものが、
全部一緒になくなった。
君も、
失恋していた。
でも。
少し違った。
ある夜、
君が言った。
「俺さ」
「何」
「三人でいるの、結構好きだったんだよな」
僕は、
少し驚いた。
「僕も」
「もう戻んないかな」
「分からん」
「だよな」
君が失ったのは、
たぶん。
彼女との未来だけではない。
三人だった時間そのもの。
同じ人に振られたからといって、
同じものを失うわけではなかった。
しばらくして。
僕と君は、
川沿いの階段に座っていた。
コンビニの缶コーヒー。
君が聞いた。
「まだ好き?」
僕は、
少し考えた。
「うん」
「即答しろよ」
「考えてもいいだろ」
「まだ好きなの?」
「好き」
僕も聞いた。
「君は?」
「好き」
「まだ?」
「振られた翌日に消えるなら」
君は缶を振った。
「最初から、そんな好きじゃなかっただろ。」
「まあな」
二人で笑った。
好きなままでも、
近づかないことはできる。
好きなままでも、
NOを受け取ることはできる。
そこを僕たちは、
やっと覚え始めていた。
僕が言った。
「正直」
「何」
「お前ならいけると思ってた」
君が笑う。
「俺も、お前だと思ってた」
「何それ」
「お互い見る目なかったな」
「彼女のこと?」
君は首を振った。
「彼女の気持ち。」
しばらく、
川を見た。
僕は言った。
「見てるつもりだったんだけどな」
君も、
川を見ながら言った。
「ずっと、お前見てたわ。」
僕は、
笑った。
「僕も」
変な話だった。
恋敵だった君が、
彼女の好きなところを、
一番話せる相手になっていた。
「笑う時、ちょっと下向くよな」
僕が言う。
「分かる」
「コーヒー絶対残す」
君。
「分かる。何で大きいの頼むんだろうな」
「それ聞いたことある」
「何て?」
「全部飲むつもりではいるらしい」
君が笑った。
「毎回負けてんじゃん」
「コーヒーにな」
「俺らと一緒だ」
「うるさい」
また笑った。
彼女の話をする。
でも。
それを、
彼女へ戻るための材料にはしなかった。
僕たちの失恋の中に、
置いた。
少しして。
君が言った。
「結局さ」
「何」
「どっちが負けたんだろうな」
僕は、
考えた。
少し前なら、
僕も君も負けた、
と答えたと思う。
でも。
今は違った。
「どっちも負けてないんじゃない?」
君が、
変な顔をする。
「振られたぞ」
「うん」
「二人とも」
「うん」
「じゃあ負けじゃん」
僕は笑った。
そして言った。
「誰と試合してたんだよ。」
君は、
しばらく黙った。
そのあと。
笑った。
「確かに」
僕も君も、
選ばれなかった。
でも。
僕は君に負けたわけではない。
君も、
僕に勝ったわけではない。
彼女はただ、
僕らを選ばなかった。
それだけだった。
僕の恋は、
君との勝負ではなかった。
君の恋も、
僕との勝負ではなかった。
そして彼女の気持ちは、
僕たち二人の物語の結末ではなかった。
君が、
空になった缶を横へ置いた。
「次さ」
「何」
「好きな人、被るなよ」
僕は言った。
「君が避けろよ」
「なんで俺が」
「先に好きになった方が優先」
「お前」
君が笑う。
「また勝負にしてるじゃん。」
僕も笑った。
どうやら。
僕たちは、
そこまで賢くなってはいない。
それでも。
一つだけは、
分かった。
好きになるのは、
僕の自由だった。
君が同じ人を好きになるのも、
君の自由だった。
そして。
彼女が、
僕も君も選ばないことも。
同じように、
彼女の自由だった。
川の向こうで、
街の灯りが揺れていた。
僕と君は、
まだ彼女が好きだった。
でも。
もう、
どちらが勝つかは話さなかった。
二人とも選ばれなかった夜に。
僕たちは初めて、
同じ恋を、
別々に失った。
SONG SEED|歌詞原型
【僕】
君より先に知っていた
君より長く話していた
そんな数を数えるたび
僕は少し安心してた
笑ってくれた
名前を呼んでくれた
次も会おうと言ってくれた
全部いつの間にか
君に勝つための証拠にしてた
僕はあの人を見てたはずなのに
気づけばずっと
君の方を見ていた
【君】
僕ならもっと笑わせられる
僕ならもっと軽くいられる
君にはないものばかり探して
僕も勝手に競ってた
相談された
隣を歩いた
楽しそうに笑ってくれた
それを一つずつ並べて
勝手に未来を決めていた
あの人を好きになったはずなのに
気づけばずっと
君との差ばかり見ていた
【二人/ラスサビ原型】
僕も君も 選ばれなかった
だけど君に負けたんじゃない
僕も君も 勝てなかった
そもそも試合じゃなかった
同じ人を好きになって
同じ答えを受け取って
それでも僕の痛みは僕のもの
君の痛みは君のもの
僕が見ていたあの人と
君が見ていたあの人は
同じ笑顔をしていたけれど
同じ恋ではなかった
まだ好きでもいい
まだ痛くてもいい
好きだからって
選ばれるとは限らない
君より僕を選んでほしかった
僕より君を選ぶと思ってた
だけどあの人は
僕らの賞品じゃなかった
僕も自由だった
君も自由だった
だからあの人も
選ばないままで自由だった
僕も君も 選ばれなかった
それでも何かを失っただけで
僕ら自身まで
負けたわけじゃない
次に誰かを好きになる時は
もう少しその人を見よう
――と言ったそばから君が笑う
「次は被るなよ」
「君が避けろよ」
二人で笑った夜の向こうで
街の灯りが揺れていた
僕も君も、選ばれなかった。
だから初めて、
同じ恋を別々に終わらせた。

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