生命のオアシス

 どこまでも続く、深淵の海。
 光もなく、音もなく、ただ静寂だけが支配する漆黒の世界。冷たい闇が、永遠に広がっているかのように思える場所。
 その、あまりにも広大な虚無の海に、ぽつんと浮かぶ、瑠璃色の宝石があった。
 それは、息をのむほど美しい、一粒のビー玉。
 誰が作ったのか、どこから来たのか、誰も知らない。けれど、その存在は、暗闇の中で奇跡のように輝いていた。
 ビー玉は、繊細なしゃぼん玉の膜をその身に纏っている。そして、そのしゃぼん玉の中には、フワフワ、モクモクとした真っ白な綿飴が、ゆっくりと漂っていた。まるで、ビー玉の夢や憧れが、形になったみたいに。
 ビー玉は、ただそこに在るだけで、完璧な芸術品だった。
 この極寒の孤独な海で、たったひとりで、凛と咲く一輪の花のように。
 もう少し、ビー玉の近くに寄ってみよう。
 その瑠璃色の肌は、決して一色ではないことに気づくはず。
 ビー玉の表面は、深く澄んだ青玉の部分と、こっくりと甘いチョコレートプレートで覆われている。青玉は、光を吸い込んで、内側から発光しているかのように静かな輝きを放っている。
 そして、チョコレートプレートは、驚くほど表情豊かだった。
 大地のようになだらかなプレートの上には、まるで誰かが抹茶のパウダーを振りかけたみたいに、緑の泡がフンワリと広がっている場所がある。その抹茶の泡は、風が吹くたびに優しくそよぎ、甘く清々しい香りを放っているかのよう。
 かと思えば、プレートが天に向かって、鋭い山の如く突き出している場所もある。その頂を飾るのは、真っ白なマシュマロの絨毯。それは決して溶けることのない、永遠の甘さの証。
 大きく凹んだ場所や、キラキラと輝く黄茶色の砂糖粒が一面に広がる場所もある。光の角度で金色にも褐色にも見えるその砂糖は、まるで宝石を砕いて散りばめたみたいに、眩しい光を放っていた。
 実に、表情と色豊か。
 ビー玉は、一瞬たりとも同じ顔を見せない、気まぐれで魅力的だった。
 ビー玉は、ひとりではなかった。
 ビー玉が心から愛し、その身を委ねる、絶対的な存在がいたから。
 ――偉大なる、金剛神。
 彼は、燃えるような黄金の輝きを放つ。彼の存在は絶対。その温もりは、深淵の海の冷たささえも和らげる。
 瑠璃色のビー玉は、この偉大なる金剛神に付き添い、彼の周りをゆっくりと、慈しむように巡っている。それはまるで、壮大な音楽に合わせて踊る、優雅なワルツのよう。
 金剛神の光を浴びるたび、ビー玉の青玉はきらめき、チョコレートプレートは艶めき、抹茶の泡は生命の色を濃くする。
 彼の光は、ビー玉にとって最高のスポットライト。
 そして、ビー玉の直ぐ隣には、いつも静かに寄り添い、ビー玉のダンスを見守る、美しい存在がいた。
 ――灰色の花嫁。
 彼女は、自ら光を放つことはない。金剛神のような輝きも、ビー玉のような色彩の豊かさも持っていなかった。ただ、静かで、控えめで、どこか儚げな、灰色のドレスを纏った花嫁。
 けれど、彼女は決して地味な存在ではなかった。
 金剛神の黄金の光をその身に受けると、彼女の灰色のドレスは、しっとりとした銀色に輝くのだ。その光は、ビー玉を優しく照す。
 ビー玉と灰色の花嫁は、まるで夫婦のように、決して離れることはない。見えない強い力で引かれ合っている。
 金剛神の力強い光と、花嫁の優しい光。
 ふたつの光に照らされて、ビー玉の美しさは一層引き立てられる。情熱的な昼の顔と、穏やかでロマンチックな夜の顔。そのすべてが、奇跡のようだった。
 ビー玉の美しさは、表面だけではない。
 ビー玉の中には燃え盛る熱々のオレンジジュースが蓄えられてる。
 時々固いチョコレートプレートを突き破って、表面に激しく噴き出すことがある。真っ赤な飛沫が空に舞う、それはビー玉の内に秘められた巨大な力。
 偉大なる金剛神の温もりを、その身にたっぷりと浴びて、ビー玉は豊かな命を育む。
 抹茶の泡はより深く、より広がり、そこから小さなささやきが聞こえる。青玉の海の中では、無数の小さな光が生まれ、愛の歌を歌う。
 このビー玉は、命で満たされた、かけがえのない生命のオアシス。
 深淵の海に浮かぶ、奇跡の瑠璃色のビー玉。
 透き通るしゃぼん玉を纏い、白い綿飴を浮かべ、青玉とチョコレートプレートに覆われる、生命のオアシス。
 その名は――【地球】。

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