ガイジンじゃない、ニンゲンだ!
コンベアの流れる単調な音が、工場全体に響き渡っている。僕は、流れてくるプラスチック部品に手際よくネジを取り付けていく。カシャン、カシャン。規則正しい金属音だけが、僕の思考を麻痺させてくれる唯一の友達だった。
「おい、ガイジン!そっちの箱、こっちに回してくれ!」
背後から飛んできた声に、僕の肩が微かにこわばる。振り返ると、年上の同僚が顎で箱を指していた。僕は無言で頷き、重い段ボール箱を彼の元へ運ぶ。
「サンキュ」
悪気はない。分かってる。彼らにとって、僕は「ケンジ」である前に、一括りの「ガイジン」なのだ。便利な記号。それ以上でも、それ以下でもない。
僕の名前は、タナカ・ケンジ。日系三世。ブラジルで生まれ、ブラジルで育った。祖父が日本の土を踏んだ最後のタナカで、僕のポルトガル語には日本語のアクセントなんて欠片もない。
それなのに、ブラジルの学校では「ジャポネス(日本人)」と呼ばれた。周りより少し細い目、黒い直毛。ただそれだけで、僕はサッカーの輪に入れてもらえないことがあった。「お前はサンバじゃなくて、盆踊りでも踊ってろよ」なんて、笑えない冗談を言われた日もある。
だから日本に来たんだ。父さんと母さんがいつも話していた、祖父母の国。ここなら、僕の顔は「普通」で、誰も僕を「よそ者」扱いしないはずだった。稼いだ金で家族を楽にさせたい。そして何より、自分の居場所が欲しかった。
でも、現実は違った。パスポートはブラジル。話す日本語は、必死で勉強したせいで少し硬い。すると今度は「ガイジン」という新しい名前がついた。ブラジルでは日本人。日本では外国人。
じゃあ、僕はいったい、何人なんだ?
コンベアの音が、その答えのない問いをかき消していく。僕はまた、流れてくる部品に手を伸ばした。心の奥で、声にならない声が叫ぶ。
――ガイジンじゃない。ニンゲンだ。
仕事が終わると、僕は古い団地の一室に帰る。同じ工場で働くブラジル人やペルー人の仲間たちが多く住む、通称「ガイジン団地」だ。
便利だったのは最初だけ。すぐに、見えない壁があることに気づいた。ゴミの分別が少しでも違うと、管理人室に貼り紙が出る。「外国人の方へ」と、わざわざアンダーラインが引かれた、丁寧で、冷たい文章。まるで、ルールを守れないのは僕たちだけだと決めつけているような。
ある雨の日、アパートの階段ですれ違ったおばあさんに「こんにちは」と挨拶をしたら、ビクッと体を震わせ、傘で顔を隠すようにして足早に去っていかれた。僕の姿は、得体の知れない何かみたいに見えたんだろうか。
ベランダで故郷の音楽を小さな音でかけていたら、隣の部屋の窓がピシャリと閉められたこともある。
一つ一つの出来事は、本当に些細なことだ。でも、その小さな棘が、毎日毎日、心の同じ場所に刺さり続ける。ジワジワ染み出す血のように、少しずつ僕の心を蝕んでいく。
「気にすんなよ、ケンジ。日本人はシャイなだけさ」
同郷の先輩、カルロスはそう言って笑う。でも、彼の笑顔の裏にも、諦めに似た影が差しているのを僕は知っていた。
部屋で一人、故郷の母に電話をする。「元気だよ。みんな親切だし、仕事も順調だ」。嘘をつくのは得意になった。心配なんて、かけられない。僕は家族の希望なんだから。
電話を切った後、静まり返った部屋で膝を抱える。どうして、こんなに嫌われるんだろう。僕たちは、ただ懸命に働いて、真面目に生きているだけなのに。
――ガイジンじゃない。僕は、タナカ・ケンジだ。
その叫びは、コンクリートの壁に吸い込まれて消えた。
その日、工場の休憩室で奇妙な光景を目にした。
隅のテーブルで、一人の日本人社員が弁当を食べていた。佐藤さん、という名前だったと思う。四十代くらいで、無口だけど仕事は丁寧な人だ。僕も何度か仕事で関わったことがある。
ただ、彼の周りだけ、ポッカリと空間が空いていた。他の社員たちは、少し離れたテーブルで固まって、楽しそうにテレビを見ながら談笑している。誰も佐藤さんに話しかけない。まるで、彼がそこにいないかのように。
僕が給湯器でお茶を入れていると、同僚たちのひそひそ話が耳に入ってきた。
「佐藤さん、また一人かよ」
「だって、あの人なんか違うんだよな。考え方っていうか、ノリがさ」
「ああ、分かる。海外が長かったから、すっかり『ガイジン』みたいになっちゃって」
ガイジン――。
その言葉が、僕の耳に突き刺さった。まさか。日本人が、日本人に対して使うなんて。
「なんか意見を言っても、ストレートすぎるっていうかさ。日本の『和』を分かってない感じ」
「そうそう。だから浮くんだよな」
彼らは悪意なく、まるで天気の話でもするように噂を続ける。僕は、お茶の湯気で曇る自分の顔を見つめた。佐藤さんは、黙々と箸を動かしている。その背中が、ひどく小さく見えた。
彼は、日本人だ。同じ言葉を話し、同じ文化で育ったはず。それなのに、なぜ。
たった一つ、「海外に長くいた」という理由だけで、彼はかつての仲間たちから境界線を引かれ、「ガイジン」というレッテルを貼られている。
僕が毎日向けられている、あの見えない壁。それが今、僕の目の前で、佐藤さんに向かって築かれていくのが見えた。
その日から、僕は佐藤さんのことが気になって仕方なかった。
昼休み、いつも一人でいる佐藤さん。会議で何か発言しようとすると、微妙に空気が凍りつく瞬間。彼が感じているであろう疎外感を思うと、自分の胸まで痛んだ。
ある日、僕は思い切って、工場の古株であるパートの鈴木さんに佐藤さんのことを尋ねてみた。鈴木さんは、僕にも分け隔てなく接してくれる数少ない人だ。
「ああ、佐藤さんね…」
鈴木さんは少し遠い目をして、教えてくれた。
「あの人は優秀な人でね、十年以上も会社の海外工場を任されてたんだよ。現地の従業員をまとめて、すごく成果を上げたって。でも、最近ご家族の事情で日本に帰ってきたんだけど…」
鈴木さんは言葉を濁した。
「長く海外にいると、やっぱり変わるみたいでね。何でもはっきり言うし、日本の『察する』みたいな文化が苦手になっちゃったらしいの。だから、昔の同僚たちも、どう接していいか分からなくて、遠巻きにしちゃってるのよ。『ガイジンみたいだ』なんて、酷いこと言う人もいるけど…」
やっぱり、そうなんだ。
僕は、頭を殴られたような衝撃を受けた。問題は、肌の色や国籍じゃなかったんだ。
僕たちが普段、無意識に寄りかかっている「普通」や「常識」。そのレールから少しでも外れた人間を、「違う存在」として排除しようとする心。その心が生み出すのが、「ガイジン」という言葉なんだ。それは、相手を理解しようとする努力を放棄するための、あまりにも便利なレッテルだった。
佐藤さんも、きっと心の中で叫んでいる。
――外人じゃない。日本人だ。
ブラジルで「ジャポネス」と呼ばれた僕。日本で「ガイジン」と呼ばれる僕。そして、日本で「ガイジンみたいだ」と言われる佐藤さん。
僕たちはみんな、誰かが勝手に引いた境界線のせいで、孤独にされていた。
その日の帰り道、僕は雨に濡れる団地を見上げた。今まで憎むべき壁だと思っていたものが、少し違って見えた。問題は壁そのものじゃない。その壁を、僕たちの心の中に作ろうとする、何かだ。
次の日、僕は休憩室で意を決した。
一人で本を読んでいる佐藤さんのテーブルに、ゆっくりと近づく。心臓がうるさいくらいに鳴っていた。他の社員たちの訝しげな視線が背中に突き刺さる。
「あの…佐藤さん」
声をかけると、佐藤さんは驚いたように顔を上げた。その目に一瞬、警戒の色が浮かぶ。僕が「ガイジン」だからだろうか。いや、違う。彼はきっと、誰かから話しかけられること自体に慣れていないんだ。
僕は、自分のマグカップをテーブルに置きながら言った。
「お疲れ様です。隣、いいですか?」
佐藤さんは数秒間、僕の顔をじっと見つめていた。それから、ふっと口元の緊張を緩め、小さく、本当に小さく頷いた。
「…ああ」
僕たちは、それ以上何も話さなかった。ただ、同じテーブルで、それぞれの時間を過ごした。でも、そこには不思議な安らぎがあった。今まで僕と彼を隔てていた、分厚くて冷たいガラスの壁に、ほんの少しだけ罅が入ったような気がした。
「ガイジン」って、なんだろう。
僕と佐藤さんを分けていたもの。僕をブラジルで、日本で、孤独にさせたもの。
それは、国籍やパスポートの色じゃない。見た目や話す言葉でもないのかもしれない。
僕たちは、自分と少しでも「違う」と感じる人を、無意識に遠ざけてしまう。その弱さが、「ガイジン」という簡単な言葉に形を変えて、誰かを傷つける。
僕らはみんな、完璧な日本人でも、完璧なブラジル人でもない。ただ、それぞれの人生を背負って、必死に今日を生きている、不器用で、チグハグな人間なんだ。
そう。
ガイジンじゃない、ニンゲンだ。
休憩終了のチャイムが鳴る。立ち上がりながら、僕はもう一度佐藤さんを見た。彼は、僕に向かって、かすかに会釈をした。それだけで十分だった。
自分の持ち場に戻りながら、僕は思う。世界から境界線がなくならないとしても、目の前の一人との間にある壁なら、壊せるかもしれない。
「こんにちは」と声をかける勇気。
「隣、いいですか?」と尋ねる、ほんの少しの思いやり。
その小さな一歩の先に、きっと答えはある。僕が探していた本当の居場所は、国や場所ではなく、そうやって誰かと心を通わせる、その瞬間にこそあるのかもしれない。
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