石橋を叩いて渡る長男、石橋を叩かない次男。
二人の息子は、同じ父親に育てられ、二人とも野球をしてきました。
それでも、性格は驚くほど違います。
その違いがよく表れている出来事があります。
二人とも、小学生の学童野球のときに、同じような失敗をしたことがありました。
車で送ってもらって練習場所に着いてから、野球の靴ではなく、サンダルを履いてきてしまったことに気づいたのです。
長男は泣いて、「行かない」と言いました。
一方、次男は平気そうにしていて、それすら笑いに変えて、そのまま行きました。
同じ失敗をしても、二人の反応はまったく違いました。
今振り返ると、子どもの頃から二人の性格はかなりはっきりしていたように思います。
長男は慎重な子でした。
人前に立つことをあまり好まず、「キャプテンをやりたい人」と聞かれても、自分から手を挙げるようなタイプではありませんでした。
友達付き合いも、広く浅くというより、狭く深く。
学校へ行くときも時間に余裕を持って動く。
お年玉をもらっても、すぐに使わず、よく考えて使っていました。
良いことも悪いことも、比較的、親に話してくれる子でもありました。
次男は、かなり違いました。
お年玉をもらえば、すぐに使う。
しかも、自分のためだけではなく、
「これでみんなで寿司食いに行こう」
と言うような子でした。
小学校低学年のころには、秘密基地を作るためだと言って、大きなグラファイトハンマーを買い、それを家まで引きずって帰ってきたこともあります。
長男が「よく考えてから動く」タイプなら、次男は「まずやってみる」タイプだったのかもしれません。
怒られそうなことがあったときの反応も違いました。
長男は良いことも悪いことも話す。
次男は、怒られることを恐れていたのか、悪いことはあまり言わない。
兄弟だからといって、同じではありませんでした。
それなのに私は、特に長男を育てていたころ、どこかで「こう育ってほしい」という親の思いを強く持っていたように思います。
もちろん、何もかも親の思い通りにしようとしていたわけではありません。
その子らしく育ってほしいという気持ちもありました。
ただ今振り返ると、長男には少し厳しく接していた部分があったと思います。
そして、長男を育てながら、自分自身も父親として少しずつ学んでいきました。
その経験もあって、次男には、ある程度の節度を持たせながらも、できるだけ自由にやらせようと考えるようになりました。
ここでいう「自由」は、何をしてもいいということではありません。
野放しにすることでもありません。
私が考えていたのは、
「あれはダメ、これもダメ」
と最初から制限するのではなく、できることなら、まずチャレンジさせてみるということでした。
その子が持っているものを、できるだけ伸ばしてやりたい。
そんな気持ちに近かったのだと思います。
二人は大人になった今も、やはり性格が違います。
長男の慎重さは、仕事にも表れているように見えます。
いろいろなものに手を広げるというより、一つのことを深く掘り下げ、エキスパートを目指していくタイプです。
次男も自分の本業では専門性を高めようとしていますが、それだけではなく、広い目線でいろいろなことに取り組んでいるようです。
仕事ではさまざまな施策にも関わり、副業では野球を教えることもしています。
子どものころの二人を思い返すと、
「ああ、あのころとあまり変わっていないな」
と思うことがあります。
慎重に、自分の道を深く進んでいく長男。
まず動き、いろいろなことに挑戦していく次男。
どちらが良いということではありません。
それぞれの性格が、そのまま大人になった今の生き方につながっているように感じます。
そんな二人ですが、共通しているところもあります。
人を思いやる気持ちがあること。
基本的に優しいこと。
そして、ダメなことはダメと言えること。
性格も、生き方も違う二人の中に、そうした部分が共通して残っていることは、父親としてうれしく思っています。
子育てをしていたころは、親として「こうした方がいい」「こうなってほしい」と考えることがたくさんありました。
でも今、大人になった二人を見ていると、子どもを親が思い描いた形にすることよりも、その子がもともと持っているものを見つけて、できるだけ伸ばしてやることの方が大切だったのかもしれないと思います。
そして、それを理解するまでには、私自身にも時間が必要でした。
長男を育てながら学んだことが、次男との接し方を変えました。
二人を育てながら、私も父親として育ててもらったのだと思います。
同じ家で育った兄弟でも、性格はまったく違う。
だから、同じように愛情を注いでも、同じ育て方でなければならないわけではない。
今の私は、そう思っています。
子ども一人ひとりの違いによって、自分の接し方が変わったと感じたことはありませんか。
