[2]【缶コーヒーだけ、置いて】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしています。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。
【缶コーヒーだけ、置いて】
朝4時。
腹が減って、目が覚めた。
隣で吉田が寝ている。
静かな寝息だった。
金はない。
仕事もない。
この先どうするのか考えても、
答えは出なかった。
僕は一人、旅館の外に出る。
自販機の前に立つ。
缶コーヒーを買う。
「HOT」と書いてあるのに、
ぬるかった。
それでも、
胃に何かが落ちるだけで
少しだけ生き返る気がする。
あの頃の僕たちは、
かなり追い詰められていた。
その日から僕らは、
公園で過ごした。
昼間はベンチに座って
無料求人誌を開く。
適当に電話をかける。
繋がらなければ、
そのまま空を見た。
何も決まらないまま、
時間だけが過ぎていく。
夜は、いつもの旅館に素泊まり。
そんな毎日を、
ただ繰り返した。
一週間後。
「もう金、なくなってきたわ。」
吉田が言った。
「僕も、あと千円くらいしかない。」
「プリペイドもな、もう発信できへん。
あと一カ月、着信だけらしいわ。
チャージする金もないしなぁ。」
僕は黙っていた。
僕は、あと三分だけ
発信できる。黙っていた。
言えなかった。
いや、言わなかった。
僕たちは、
本当にホームレスになった。
腹が減る。
寒い。
怖い。
何より、
先が見えない。
その全部が、
いっぺんに襲ってきた。
そんな中でも吉田は、
毎朝、缶コーヒーを僕にくれた。
「ほら、飲みぃや。好きやろ?」
自分も苦しいはずなのに、
あいつは先に僕に渡してきた。
缶のあたたかさ。
その奥にある、人のあたたかさ。
あの銘柄は、今でも忘れられない。
「腹減ったなぁ___。」
三日間、
何も食べていなかった。
口にしたのは、
吉田がくれる缶コーヒーだけだった。
「なんか食いもん調達してくるわ。」
そう言って出ていった吉田は、
しばらくして戻ってきた。
パン半分と牛乳を
僕に差し出した。
「先、食べ。」
今日も何もできないまま、
時間だけが過ぎていく。
次の日だった。
男が、ニヤニヤしながら
話しかけてきた。
「兄ちゃんたち、金欲しいやろ。
口でしてくれたら、三千円やるよ。」
一瞬、
何を言われたのか分からなかった。
言葉の意味は分かるのに、
頭が追いつかなかった。
「___俺、行くわ。」
吉田が立ち上がった。
止められなかった。
止める理由も、言葉も、
何ひとつ出てこなかった。
公衆トイレの扉が閉まる。
それを見た瞬間、
時間の感覚がなくなった。
五分だったのか、
十分だったのか。
もっと長かった気もする。
ただ、その場から動けなかった。
トイレの扉が開いた。
吉田が出てきた。
泣いていた。
泣いているのに、
無理に笑っていた。
「これで牛丼食えるでぇ___。」
その顔を、
僕はまともに見られなかった。
牛丼屋に入る。
二人で並んで座る。
無言だった。
箸の音だけが響く。
味は分からなかった。
ただ、口に運ぶ。飲み込む。
それだけだった。
僕は言った。
「プリペイド携帯、チャージしよう。
名古屋駅まで行こう。
求人、探そう。
手配師も探そう。」
吉田は首を振った。
「まずは、食わなあかん。」
それ以上、
何も言えなかった。
僕は、牛丼屋に置いてある
スポーツ新聞を手に取った。
ページをめくる。
何かないか。何でもいい。
ここから抜け出せるものなら、
何でもよかった。
あった。
「急募・新聞配達・日払い可・寮有り」
その文字を見た瞬間、
血液の流れを全身で感じた。
心臓ので鼓動が速くなった。
周りを見る。
吉田はトイレに行っている。
こっちを見ていない。
もう一度、周りを見る。
誰も見ていない。
___今だ。
求人欄を破る。
ビリッ、という音が
やけに大きく聞こえた。
店内に響きわたる気がした。
すぐにポケットへねじ込む。
手のひらが、
汗でべたついている。
スポーツ新聞を持って公園に戻る。
何もなかった顔で吉田の隣に座る。
「見てみぃ。誰か破いとるわ。」
吉田が笑う。
「よっぽどええ
求人やったんやろなぁ。」
僕は笑えない。
少しして、吉田が立ち上がる。
「ちょっと、
食いもん調達してくるわ。
安心せい。
まだ二千円くらいあるしな。
タバコも吸いたいやろ〜。」
そう言って、
手を振りながら歩いていった。

一人になった。
今しかない。
携帯を取り出す。
残り三分だけ、発信できる。
震える指で番号を押す。
「スポーツ新聞の求人を見て、
電話したんですが___。」
保留音が流れる。
時間だけが削られていく。
焦る。
途中で切れるかもしれない。
吉田が戻ってくるかもしれない。
喉が渇く。
手が震える。
「すみません。もし切れたら、
この番号に折り返してもらえますか。」
言い終わった瞬間、
通話が切れた。
すぐに、着信。
「はい___あ、はい。
分かります。朝十時ですね。」
電話を切る。
血液の流れを全身で感じる。
その夜。
春の空は、やけに綺麗だった。
星がまたたいている。
僕はいつか東京で見た星空を思い出した。

隣で吉田が眠っていた。
静かな寝息だった。
僕は立ち上がる。
吉田の荷物の横に、
缶コーヒーをそっと置いた。
それだけして、
その場を離れた。
振り返らなかった。
真夜中の道を、
一人で歩いた。
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・僕のメチャクチャな人生の恥を晒して書いています。
「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
