【厳選】イメージ・チェンジ・アルバム13選 90年代のHR/HM界隈に蔓延したヘヴィネスという病
1990年代のHR/HM界隈を語るうえでどうしても避けて通れない問題があります。
それは、モダン・ヘヴィネス、グルーヴ・メタル、ポスト・スラッシュ、などと呼ばれるような潮流の事で、90年代に勃興したグランジ、オルタナティヴ・ロックの強烈な勢いとインパクトが、その種となったのでした。
簡単にいうと、80年代に伝統的であったり華やかであったHR/HM勢のバンド達が、こぞってヘヴィで陰鬱な世界観に鞍替えしたという事です。
この流れは当時、それまでのHR/HMを愛していた古参リスナーから大いに拒絶され、失望を与えました。
セールス的な大成功を収めたグランジ系、オルタナ系のバンドが、あまりに強烈なイメージを発信していた為に、HR/HMサイドも対応せざるを得なかった、という背景があったのかも知れません。
そうしたトレンドの中で、なんとかサヴァイヴしようとしたバンド達は、ガラリとイメージを変えた作品を発表します。
作品によっては後に「アレいらなかったんじゃない?」と言われてしまいそうな、90年代初期にだけ見せた作風というものもあるんですね。
しかし後になって聴いてみれば、作品の出来が悪かったものばかりとは言えないんじゃないかと思いますし、このタイミングだからこそ生まれた名盤も確かに存在しています。
本エントリでは、そんな時代の仇花として90年代の「イメージチェンジ・アルバム」を紹介したいと思います。
◉ [album] Metallica / METALLICA (1991)

一番罪深いのはこのアルバムだった、のかも知れません。
いや、罪と断定してしまうのも違いますかね、「きっかけ」だったというべきでしょうか。
90年代の幕開けというタイミングで、メタリカがヘヴィ路線のアルバムを発表してしまった事が、後の10余年に渡るヘヴィ路線の下地を形成するうえで、大きな影響を及ぼしたのは間違いない気がします。
爆裂売れまくってしまいましたしね。
前作「…And Justice for all」で微かに見え隠れしたプログレッシヴな変態さ加減は一作だけで終わり、本作通称ブラック・アルバムで大きく方向を変えました。
というか彼等は、多くの場合で1枚毎にギョっとするような方向転換を見せているので、今作だけに限った変化ではなかったのかも知れませんね。
いずれにせよ、ブラック・アルバムの成功とグランジーな世相とが混ざり合って、90年代のHR/HMシーンを醸造していたのだと思います。
筆者は、本作も大好きです、名曲も多いなと感じていますしね。
前々作「Master of puppets」で聴かせてくれたものとは、明らかに違う良さ、ではありますが。
◉ [album] Dehumanizer / BLACK SABBATH (1992)

DIO在籍時のグラック・サバスも時代の流れにしっかり反応しています。
といっても、彼等は元々ドゥーム・メタル的アプローチを発明した先駆者ですから、トレンドに合わせてヘヴィ路線に舵を切ったという印象は、あまり感じないかも知れませんね。
元々、ブラック・サバスこそがHR/HMにおけるヘヴィネスの根源だったわけですから。
このアルバムは、一度バンドを離れたロニー・ジェイムス・ディオとギーザー・バトラー、ヴィニー・アピスが復帰した記念の作品であり、1981年以来の編成だった事で、話題となっていました。
再集結した彼等のコンセプトは、やはり徹底してヘヴィな世界観を作りだす事だったそうで、これは時代の影響が全くなかったわけではないでしょう。
シングル・カットされた「TV Crime」は本国シングルチャートで23位に食い込んだと言いますから、しっかり受け入れられた変化だったんでしょうね。
何よりこのMVにスケーターがバンバン登場するあたり、サバスも変わったなあ、と当時感じたものです。
今の耳で聴けば、かなりイケてる作品です。
◉ [album] Vulgar Display of Power / PANTERA (1992)

90年代のメタルを語る上で、パンテラが及ぼした影響・貢献は外せません。
前作「Cowboys from Hell(1990)」で見え隠れしていたヘヴィ路線、グルーヴ路線は、本作で完全体となり、HR/HMの世界観を一気に塗り替えてしまった印象です。
スキンヘッド、短パンに見られるストリート系ファッションがHR/HM界隈に広がったのも、彼等の影響が大きかったと思います。
メタルは必ずしもハイ・トーンで叫ぶものだけじゃない、というルールを生み出したのも彼等でしょうか。
ハード・コア・パンクの攻撃性に、土台としてしっかりヘヴィ・メタルの方法論をブレンドした作風は、その後のシーンにフォロワー・バンドを多数誘発しました。
彼等はこの路線を、解散するまでグイグイ推し進める事となります。
ですので、本エントリで意図した「90年代だけスタイルを変えたバンド」というニュアンスとは異なりますね。
パンテラの事は、最初から最後までしっかり書いた拙作エントリがありますので、よろしければ以下からどうぞ。
◉ [album] Sound of White Noise / ANTHRAX (1993)

1984年以来メンバーとして活躍していたジョーイ・ベラドナ(Vo.)がまさかの脱退後、元アーマード・セイントのジョン・ブッシュ(Vo.)を迎えての意欲作が本作。
ジョーイのハイトーンで歌い上げるスタイルとはイメージが全く違うジョンの歌唱は、しかし時代の要求にはむしろマッチしていたと言えるかも知れません。
本作はスピードよりも、ヘヴィさやグルーヴを重要視した内容で、プロデューサ兼エンジニアにデイブ・ジャーデンを採用している事からも、目指していた方向性が伺い知れます。
デイブ・ジャーデンは、アリス・イン・チェインズやレッド・ホット・チリ・ペッパーズの作品を手掛けた人物で、オルタナティヴ・ロック界隈のキーパーソンでした。
本作は大いに成功、ビルボード200チャートで初登場7位を記録します。
初週で6万2000枚を売り上げ、バンドにとっての歴代最高の結果となりました。
アルバム全体はヘヴィ路線に振り切ったとは言え、印象的なリフや歌メロ、コーラスも満載で、聴き応えのある内容です。
◉ [album] I Hear Black / OVERKILL (1993)

オーヴァーキル6枚目のスタジオアルバムで、彼等もスピードを捨てヘヴィ路線に振り切りました。
前作「Horrorscope(1991)」で聴かせたヘヴィなスラッシュ、という風合いも彼等なりのチャレンジングな作品でしたが、本作では更にヘヴィ路線を推し進めます。
初期ブラック・サバス的ストーナー・ロックの作風を全面に押し出したわけです。
つまり、よりダークでロー・テンポな作風であり、それまで発表していたスピーディ且つ攻撃的なスラッシュを封印したんですね。
結果として彼等の場合は、多くのファンを失望させる事となってしまいます。
「オーバーキルよお前もか」
当時、スラッシュ勢はそういう批判を受けるケースが少なくありませんでした。
彼等はそのリアクションとして次作「WFO(1994)」では早々に実験的作風を排し、オールド・スクールなスラッシュ・メタルに回帰します。
ヨーロッパではこの作戦が受け入れられたものの、当時のアメリカはグランジ一色てす。
作品のレベルは決して低くはなかったのですが期待通りの支持を得られず、セールス的成功には結び付きませんでした。
その後彼等は苦難の時期を迎える事となります。
しあし客観的に見て、本作「I Hear Black」も「WFO」も、メチャクチャカッコいいんですけどね。
1~2曲だけでもスラッシーな曲があれば随分と印象が違ったのかも知れませんが、時代と添い遂げる事と、ファンが望むモノを提供する事の両立は果てし無く難しいんですね。
◉ [album] Chaos A.D. / SEPULTURA (1993)

ブラジル・メタルの雄、セパルトゥラの5thが本作。
前作「Arise」は、デス/スラッシュのアルバムとして歴史的な名盤であり、スピード感のある攻撃性に満ちた作風でした。
「Arise」の頃から実験的なアプローチを多く表現していた彼等は、本作でよりその方向性を強化します。
グルーヴ・メタルはもちろん、ハード・コア・パンクやインダストリアル、トライバル・ミュージックなど、様々な音楽的要素を次々と取り込み、自らの作風として再構築していきました。
タイミング的にはHR/HM界隈がヘヴィ路線に染まっていく時期だったとはいえ、彼等の実験的マインドは前作から芽生えており、続く6thアルバム「Roots」でもその傾向は顕著です。
時代に迎合したという評価をされず、変化を求めたチャレンジの一部として受け入れられた背景は、彼等のそうした活動が広く認められていたという事なんでしょうね。
◉ [album] War of Words / FIGHT (1993)

「あのロブが、短パンを履いている!」
メタル・ゴッドと称されるロブ・ハルフォードは、70年代から活躍するバンド「ジューダス・プリースト」のフロントマンであり、へヴィ・メタルの音楽的フォーマットを作り上げた歴史的功労者と呼んで差し支えない人物です。
メタリックな演奏をバックに、ハイ・トーン、ミドル・トーンで歌い上げるスタイルは、70~80年代に世界を席巻したHR/HMスタイルの王道でした。
その中心人物であったロブは1992年にバンドを脱退してしまい、メタル界隈を大いに動揺させました。
そして新たに作ったバンドが「ファイト」であり、本作「War of Words(1993)」でデビューしたのです。
レザー・ジャケットではなく、短パン・スケーター風のルックで登場したロブに、当時めちゃくちゃ違和感を感じたのを覚えています。
ロブの文脈を知らずに聴けば、ヘヴィでラウドな楽曲として楽しめたのかも知れませんが、そう受け取るにはあまりに元々の印象が強すぎました。
そうして結成したバンドは2枚のアルバムを発表した後、消えてしまいました。
その後なんやかんやあって、ソロ活動を経た後、無事にジューダス・プリーストに復帰しています。
しかしあのロブでさえ当時のグルーヴ・メタルの潮流に、大きな魅力を感じてしまったという事実は、感慨深いものがありますね。
◉ [album] Motley Crue / MOTLEY CRUE (1994)

たまたまですが、メタリカ同様方向転換のきっかけに、セルフ・タイトルのアルバムを発表したバンドが「モトリー・クルー」です。
モトリー・クルーと言えば、80年代を華々しく駆け抜けたLA・メタル、グラム・メタル、ヘア・メタル、の寵児であり、きらきらと輝く華やかさを纏ったゴージャスなイメージのグループでした。
その彼等もまた、90年代の波に乗ろうとして方向転換したアルバムを発表しました。
6枚目の本作で、前作までフロントマンを務めていたヴィンス・ニール(Vo.)に変わって迎えたジョン・コラビ(Vo.)のパフォーマンスは決して悪いものではなく、むしろ新たな個性をバンドに吹き込む事に成功していました。
しかしヴィンスの声はあまりにもバンドのアイコンとして、長年受け入れられていたんですよね。
また、メンバー・チェンジに加えて作風もダークで陰鬱な、90年代的イメージに刷新されたので、ファンの拒絶は仕方のない事だったのかも知れません。
事実本作はセールス的に成功したとは言い難く、ジョンも本作のみを残してバンドを解雇されてしまいました。
後にヴィンスはバンドに戻り、本来の作風でアルバムを制作しますが、筆者はジョン加入の本作の完成度は見逃せないと思っています。
◉ [album] Strange Highways / DIO (1994)

ロニー・ジェイムス・ディオといえば、レインボーやブラック・サバス、DIO、など、様式美的な世界観を超絶技巧で歌い上げる印象が強い、職人的ヴォーカリストではないでしょうか。
気持ちよく伸びる高音も太さがあり、パワフルな歌唱のファンも多かったと思います。
1992年、ブラック・サバスへの復活を遂げた彼は同年後半早々に脱退し、翌年にDIO名義でも6thアルバムを発表します。
これはバンドがオジー・オズボーンの引退の花向けに前座を務めるという決定を下した事に対して、ディオが拒否した結果でした。
彼なりの矜持があったのだろうと想像します。
そうして再びDIO名義で作った本作は、少なからず時代の風を反映した内容でした。
ファンを大いに失望させるような事はありませんでしたが、ヘヴィでダークな作風が影響してか、セールス的には良い結果を収める事はありませんでした。
職人気質のディオでさえも、この頃には「重たさ」から逃れられなかったんですかねえ。
当然ながら、今聴くとラウド・ロックとして充分楽しめると思いますよ。
◉ [album] Negatron / VOIVOD (1995)

カナダの変態メタル・バンド、ヴォイヴォドも、90年代はヘヴィ路線アルバムを発表しています。
彼等はそれまでにも、かなり実験的な作風でアルバムを作っており、独特の世界観とテクニカルな演奏技術を武器に、根強いファンを獲得しています。
事実、本作はヘヴィ路線に寄ったとは言え、スピード・ナンバーも含まれており、作風がヘヴィ一辺倒にになったというわけではありませんが、重たく引き摺るような楽曲が多めではありました。
その後のアルバムを見渡しても、概ね独自の創作欲求に従って、トレンドを強く意識したような印象は希薄なので、本作は自然な流れの中でヘヴィな曲がたまたま多かった、というだけの事なのかも知れません。
とはいえ、時代の流れを少なからず取り入れた印象を筆者は持っていたので、紹介してみました。
この解釈は色々の見方があるかもしれませんね。
◉ [album] Diatribes / NAPALM DEATH (1996)

さて、エクストリーム・ミュージック界の重鎮「ナパーム・デス」も、この時期に思い切り路線変更しています。
変化の程度で言うならば、1番イメージの乖離があったのは彼等だったかも知れません。
それまでは、グラインド・コア、デス、といったアンチ・ミュージック的な世界観を表現していたバンドでしたが、本作以降90年代のしばらくは、はっきりとグルーヴ・メタルの方法論に乗っかっていました。
聴きやすくなった、という効果を獲得した結果、セールスは大いに結果が出たんですよね。
しかし当時、あのナパーム・デスがノリの良い曲を演奏している、という事実に対する違和感はかなり巨大でした。
元々テクニカルな演奏も出来るような、技術力のあるバンドだった事もあって、時代に合わせる事は容易だったのかもしれませんね。
ただその後、音楽性絡みで色々揉める事にはなったようです。
ナパーム・デスについても、しっかり書き綴った拙作エントリがございますので、宜しければ以下からどうぞ。
◉ [album] Shadowlife / DOKKEN (1997)

まー嫌われてました、このアルバム。
ドッケンも、80年代には硬派なHR/HMを体現した作品を多数発表していたグループです。
1989年に、一度バンドは解散しており、音楽的方向性の相違が原因でしたが、1993年には再結成し5th「Dysfunctional」をリリースします。
この5thはドッケンのイメージを覆す内容ではなかったものの少しずつ変化が見え隠れしており、セールス的には大きな成功を得ることはなかったんですね。
その影響があってか続く6thの本作で、ダークでヘヴィな、オルタナ路線に舵を切ります。
結果、ファンからも評論家からも、問題作とされ、かなり厳しい評価を受ける事となってしまいました。
確かに、ドッケン名義で発表するのはあまりに重たい楽曲を多すぎた印象があります。
しかし今改めて聴いてみれば、実に味わい深い作品である事が判ります。
よくよく聞いてみれば、ジョージのGソロも彼らしい華やかさが感じられるんじゃないでしょうか。
※ちなみに本作2025年時点でSpotifyにもApple Musicにも存在していません
◉ [album] Diabolus in Musica / SLAYER (1998)

最後はスレイヤーです。
彼等はどちらかと言えば、良くも悪くも変わらない良さを提示するバンドで、何時でも何処でもスレイヤーはスレイヤー、と言われがちです。
しかしそんな彼等とて、色々の実験をアルバム単位で聴かせてくれますし、様々な要素を新たに取り込むという冒険をしています。
バンド初のダウン・チューニング(C#)やエフェクティヴなヴォーカル、つぶやくようなローテンションの語りなど、それまでのスレイヤーからすればかなり挑戦的かつ実験的な内容だったと言えるでしょうね。
批評家からネガティヴなレビューを受けたにも関わらず、Billboard 200では31位に達し、販売初週に46,000枚以上を売り上げました(2009年までに、米国で306,000枚以上を販売!)。
さてスレイヤーについても、拙作エントリでガッツリ書いていますので、宜しければ下記からどうぞ。
■最後に
13バンドのイメージ・チェンジ・アルバムを紹介いたしました。
実はまだまだあるんですけどね、一旦13枚にしてみました。
時代の流れというのは、アーティストにとって色々の判断を要求される大きな要素である、という事が見えたのではないでしょうか。
時代に寄り添うのも作戦なら、頑固に自分たちの創作を守り続けるのも作戦。
今の耳で聴いてみると、どれも素晴らしいアルバムばかりですので、興味を惹かれた作品があれば是非アルバム単位で聴いてみてください。■■
