練った嫌
約800字・ショートショート
熱帯夜、エアコンの生ぬるい風から逃れるように、僕はひっそりとしたキッチンへ足を踏み入れた。
ステンレスのボウルに満ちているのは、今日一日で同僚から浴びせられた無数の棘や、課長からの理不尽な扱いに耐えたときのドロドロとした感情だ。
ジトっとした汗が肌を這い、胸の奥には不快な熱がたまっている。
僕はそこに冷たい氷水を少し垂らし、専用のヘラを突き立てた。
ぐにゅり、ぐにゅり。
重たくてねっとりした手応えが、手首の骨を伝わってくる。
世の中の理不尽をすり潰し、白く濁ったペースト状に変えていく。
よし。今日もいい「練った嫌」になった。
無心で何度もこねくり回すうちに、ささくれ立っていた心はなぜか妙に落ち着きを取り戻していく。
きれいに丸められたその塊を、冷凍庫の奥底へ放り込んだ。
数分後、それは熱を奪われ、気泡を閉じ込めたまま硬質な透明の氷へと生まれ変わっていた。
僕はお気に入りのグラスにそれを滑り込ませると、カラン、と涼やかな音がした。
そこに無糖の強炭酸水を勢いよく注ぎ入れる。
シュワシュワと心地よい泡が立ち上り、氷を少しずつ削っていく。
グラスを傾け、冷たい一口を喉へと流し込んだ。
食道を駆け抜ける痛いくらいの冷たさが、体内の澱をきれいに洗い流してくれる。
他人の悪意も、日々のストレスも、こうして美しく加工して飲み干してしまえばいい。
そうすれば、どんなに眠れない暑い夜だって、涼しい顔をして乗り切ることができるのだ。
そして翌朝。
出社するやいなや、課長は昨日と同じ嫌味を繰り出そうと、僕の机に歩み寄ってきた。
「おい、昨日のあの資料だけどな……」
だが、言いかけた瞬間、課長は急に眉間を押さえ、口を開いたまま奇妙に固まった。
「……あれ。なんだっけ。何を言おうとしてたんだっけな」
頭を抱えて自分の席へと引き返していく。
上司の背中を見送りながら、僕は胸の奥からかすかに炭酸が弾ける音を聞いた。

