【せりふ三題噺】泥亀まんじゅう
会議室のホワイトボードには、
「新商品:雪うさぎまんじゅうローンチ戦略」
と書かれている。
丸文字。なぜかピンク。
それを書いた女の先輩は、未だ得意げにマーカーを手に、ホワイトボードの横に立っている。
この先輩の服装は、いつも合わない。
俺のテイストにも、
オフィスの雰囲気にも。
部長が言う。
「Z世代はね、“余白”が好きなんだよ」
少し間を置いて、もう一度言う。
「余白」
どうやら重要らしい。
五十を過ぎた部長がZ世代の何を知っているというのか。自分でわかっているつもりなのが、
いちばん痛い。
しかし、誰も反論しない。
余白の定義がわからないからか、
それとも、この手の発言に反応すると会議が一時間延びると学習しているからか。
俺は、後者だ。
「耳は短めで」
「溶ける感じを演出して」
「ストーリー性ね」
「ローンチ後の初速がキーだから、
世界観で刺さるアプローチを作ろう」
具体性が、ひとつもない。
部長は満足そうにうなずきながら、横文字を散布していく。
次々に飛ぶワードを、俺は無心で議事録に打ち込む。正直、「ストーリー性」以外はまったく共感できない。
若者向け商品のマーケ会議を、
なぜ我々より年上の人間が仕切るのか。
我々に任せる、という選択肢はないのか。
そもそも、なぜ「まんじゅう」なのか。
ネーミングセンスが、
すでに昭和のおばあちゃんで止まっている。
夜は更けていく。
会議室を照らす蛍光灯が、
パチパチと音を立てる。
生産性のかけらもない会議に、
終わりの兆しはない。
夜九時を回った。
空腹はピークを過ぎると、逆に静かになる。
アイデア出し用にと用意された新商品「雪うさぎまんじゅう」の空き箱が、テーブルの中央に山積みだ。
まんじゅうは歯の裏にくっついて取れない。
溶けるような味わい、というイメージからは程遠い。その違和感が、会議を結論からさらに遠ざける。
俺だったら、いっそ「泥亀まんじゅう」と名づける。「Z世代社畜が監修」というコピーの方が、よほど誠実だ。
少なくとも嘘はない。
もう、当分まんじゅうは食べたくない。
コンビニ弁当が、心の底から恋しい。
窓の外を眺めて、急に思い出す。
今日はAmazonで注文したテンガが届く日だ。
オカンは日勤のはずだった。
……はずだった。
置き配に気づいたオカンは、
たぶんもう、段ボールを開けている。
中身を見たかどうかは、考えないことにする。
急に、家に帰りたくなくなった。
このくだらない会議に拘束されている方が、
幾分かマシに思えてくる。
そのとき、部長が腕を組んで言った。
「まあ、今日はここまでにしよう。
無理すると、クオリティ落ちるから」
誰も何も作っていないのに、
クオリティだけは守られたらしい。
ホワイトボードに残ったピンクの文字を見つめる。
余白。
たしかに、たっぷり余っている。
アイデアも、結論も、
俺の人生も。
俺の胃は、
雪うさぎまんじゅうでもたれていた。
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