配達員やぎちゃんと2号先生 第1話『山羊突盲信』

第1話『山羊突盲信』
「次の方どうぞー」
スタッフの声が響く。
2号は机に肘をつき、ペンを回した。
「……なんでこんなことになったんや」
数か月前。
配達の合間、暇つぶしに投稿していた恋愛小説が、なぜかバズった。
最初は数十人しか読んでいなかった。
それがいつの間にか何万人にも読まれるようになり、気づけば書籍化。今日は人生初のサイン会だった。
会場の壁には、やたらと立派なパネルが並んでいる。
『2号先生 サイン会』
先生。
未だに慣れない呼び方だった。
「先生、次の方です」
「先生言うな」
そう言いながら顔を上げる。
黒いパーカーに白いスウェット。頭にはカエルの被り物。会場の空気から少しだけ浮いた女が、両手で本を抱えて立っていた。

「こんにちは!!!」
「……こんにちは」
女は机の前でぴたりと立ち止まった。
そして、目を丸くする。
「うわっ……」
「?」
「本物のにご先生だ……」
「偽物がおるみたいな言い方すんな」
「いや、だって!! いつもスマホで見てる人が目の前にいるんですよ!?」
興奮した様子で、本を抱え直す。
「わたし、やぎちゃんです!! 実はわたしも配達員やってるんですよ!!!」
「へえ」
「北側で走ってて、にご先生の小説もずっと読んでます!!」
「そうか」
「いや、もっと驚いてくださいよ!!!」
「配達員なんて山ほどおるやろ」

やぎは少し頬を膨らませた。
「覚えてないですか?」
「……いや」
2号は首を傾げる。

「なんか見たことあるなと思ったら、カエルの顔文字のやつか」
「そです!! ケロっケロっケロっのやぎちゃんです!!!」
「名前より先にカエルを覚えとったわ」
「ひど!!」
そう言いながらも、やぎは嬉しそうに本を差し出した。
「サイン、お願いします!!!」

2号はペンを手に取る。
「なんて書く?」
「『やぎちゃんへ』で!!!」
「そのまんまやな」
さらさらとペンを走らせる。
やぎちゃんへ
2号
書き終えた本を見て、やぎは満足そうに頷いた。
「あ、チェキもいいですか!?」
「……は?」
やぎはスマホを取り出した。
「いや、せっかくなんで!! 記念に!!」
「俺、アイドルちゃうねんぞ」
「でも、初サイン会ですよね?」
「まあ、そうやけど……」
スタッフが苦笑いを浮かべる。
「先生、お時間大丈夫でしたら……」
「先生言うな」
「にご先生、ピースしてください!!」
「なんでやねん」
そう言いながらも、結局二本指を立てる。
パシャ。

写真を確認したやぎが、満足そうに笑った。
「うわ、めちゃいい感じです!!!」
「そらよかったな」
「これ、家宝にします!!!」
「大げさやな」
2号はペンを置き、時計を見る。
時刻は17時41分。
夜のピークが始まる時間だった。
「……ほな、そろそろ行くか」
「えっ、打ち上げとかないですか?」
「あるわけないやろ」
「えぇ!?」
2号は黒い配達バッグを肩に掛け、そのまま会場をあとにした。
やぎは慌ててスマホを取り出す。
『にご先生、サイン会終わって普通に配達行ったんだけど!?🐸💨』
投稿ボタンを押しながら、思わず笑った。
「あ、打ち上げあると思ったからバイト休んだのに…そだ、わたしも配達いこ!!!」

あとがき
『配達員やぎちゃんと2号先生』、いかがだったでしょうか。
2号が作家先生になり、そのファンのやぎちゃんが巻き起こすドタバタ配達コメディ! ……と言いつつ、今回はそこまで配達の話は出てこないんですが(笑)。
そう、これは“ラブ”コメディではないので、最初に言っておきます(笑)。最近、立て続けに新ヒロインが出てきて、「2号、お前、ろるこのことはどうしたんだよ!」となってしまいますからね(笑)。
この物語は、実在する配達員やぎちゃんをモデルにして制作しました。本当は『モンゴルウーマンやぎ』という話を書く予定だったのですが、今の僕にはまだ難しく、まずはやぎちゃんというキャラクターを掘り下げることにしました。
『モンゴルウーマンやぎ』も、いずれ書くつもりで現在構想を練っているところです。

それと、今回のお話は一話で書き切る予定だったのですが、思いのほか長くなってしまったので、分割して公開することにしました。長いと言っても、全四〜五話ほどで完結する予定です。
完結後には、もうひとつ、やぎちゃんを主人公にした別のお話も考えているので、楽しみにしていただければ嬉しいです。
さて、今回のタイトル『山羊突盲信』ですが、個人的にとても気に入っています。
もちろん、猪突猛進をもじって、猪を山羊に。そして、2号の大ファンという設定なので、「猛進」を「盲信」に変えました。
最初は『山羊突盲信』だと言いづらいかなと思い、『羖突盲信(ことつもうしん)』にしようかとも考えたのですが、『羖』なんて僕自身、突然出てきたら読めるか怪しいので、分かりやすく山羊にしました。
それと、今回2号がバズった作品は、実は僕の作品です(笑)。
作中では「数か月前から投稿していた恋愛小説が、なぜかバズった」ということになっていますが、モデルになっているのは僕が実際に書いている作品たちです。
なかなか良い出来だと自負しているので、よかったらそちらも読んでみてください。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
いいなと思ったら応援しよう!
無理のない範囲で応援いただけたら嬉しいです。
チップはnote更新や資料費にあててます。
読んでもらえるだけでもありがたいっす。