短編小説『熱帯夜、あっかいや』

短編小説『熱帯夜、あっかいや』
熱帯夜。
やぎは、暑苦しさに耐えきれず目を覚ました。
枕元のスマホを見る。午前一時を少し回ったところだった。
エアコンはついている。それなのに、なぜか暑い。部屋の空気がぬるく、寝返りを打つたびに布団の中へ熱がこもる。
「んーーーーーーーーーー!!」
やぎは勢いよく上半身を起こした。
黒い髪が首筋に張りついている。
水を飲もうと冷蔵庫を開けたところで、ふと頭に浮かんだ。
焼きプチトマト。
火を通して甘くなったプチトマト。そこに豚ばらの脂と塩気が合わさった串焼き。

一度思い浮かべると、もう駄目だった。
どうしても食べたい。
やぎはベッドへ戻ると、すぐにフードデリバリーのアプリを開いた。
近くの店を探していると、串焼き専門店の『蒙古屋』が営業中になっていた。
メニューを開く。
豚ばらプチトマト。
トマトチーズ串焼き。
「ある!!!」
迷う必要はなかった。

両方をカートへ入れ、注文を確定する。
そのままXを開いた。
『蒙古屋で注文しましたよおおお🤤🍅
誰かお願いします!!!🥺🙏』
投稿してから、やぎは配達員が決まる画面をじっと見つめた。
数分後。
画面が切り替わった。
配達員が商品を受け取りに向かっています。
「決まった!!!」
すぐにまたXへ戻る。
『配達員さん決まりました!!😎🤞
焼きプチトマトきます!!😤🔥』
しかし、その数分後だった。
スマホが震えた。
アプリを見る。
配達員を探しています。
「え?」
さっきまで表示されていた配達員の名前が消えている。
やぎは目を見開いた。
そしてXに投稿した。
『誰がキャンセルしたの?🥹』
ほとんど間を置かず、通知が来た。
2号からのリプライだった。
『やぎ、悪いな
しがんだわw』
「にご先生ぇぇぇぇぇ!!」

しがみ。
複数注文のうち、手前の店だけを残して不要な方を解体する配達員の技だった。
つまり2号は、やぎの注文を一度受けたあと、切り離したのだ。
やぎは震える指で返信した。
『にご先生😭』
2号から返事はなかった。
やぎは再びアプリを見つめた。
配達員を探しています。
円形の表示が、いつまでも回っている。
一分。
二分。
三分。
やがて、再び配達員が決まった。
表示された名前を見て、やぎは声を上げた。
「師匠!!!」
今度の配達員は、やぎが勝手に師匠と崇めているカヲナシだった。
その直後、Xにも投稿が流れてきた。
『多分やぎちゃんの取りました』
「カヲナシ師匠ぉぉぉぉ!!」
やぎはすぐに返信した。
『カヲナシ師匠😭
お願いします!!🤤🙏』
これで焼きプチトマトが食べられる。
やぎは冷蔵庫から缶ビールを取り出し、テーブルに置いた。
豚ばらプチトマトを先に食べるか。
トマトチーズ串焼きからいくか。
いや、交互に食べながらビールで流し込むのが正解かもしれない。
そんなことを考えながら、配達状況を確認する。
カヲナシは店へ向かっていた。
あと少し。
もうすぐ到着する。
しかし、その後、配達員の位置は店の前で止まった。
一分経っても動かない。
二分経っても動かない。
「混んでるのかな」
深夜の串焼き屋が混んでいる光景を想像していると、Xの通知が鳴った。
カヲナシからだった。
『やぎちゃんごめん
閉店してた』
「え?」
やぎはアプリを開く。
ちょうどその瞬間、画面に通知が表示された。
注文はキャンセルされました。
「んーーーーーーーーーー!!」
午前一時半。
蒙古屋は閉店。
豚ばらプチトマトも、トマトチーズ串焼きも消えた。
やぎはベッドの上でうなだれた。

だが、諦めきれない。
頭の中には、すでに焼けたプチトマトの味が出来上がっている。
ここで何も食べずに眠るなど不可能だった。
「最後の手段です!!」
やぎはアプリから買い物代行を選択した。
PPP。
ピック・パック・ペイ。
スーパーの商品を、配達員が代わりに購入して届けるサービスだ。
プチトマト。
豚ばら肉。
チーズ。
串はなくても、家で焼けばいい。
必要な物をカートへ入れ、注文を確定した。
しばらくして、配達員が決まる。
名前を見たやぎは、思わず姿勢を正した。
「ろるこセンパイ!!」
ろるこは、やぎが一方的にセンパイと呼んでいる配達員だった。
これなら大丈夫。
ろるこセンパイなら、プチトマトを持ってきてくれる。
やぎは期待しながら待った。
ところが数分後。
PPPのチャットにメッセージが届いた。
『プチトマトない!
やぎちゃんどうする?』
やぎの顔から表情が消えた。
蒙古屋だけではない。
スーパーにまでプチトマトがない。
そんなことがあるのだろうか。
今夜、この街からプチトマトだけが消えている。
やぎは返信した。
『大きなトマトありますか?🥹』
すぐにろるこから返事が来た。
『それも売り切れ!』
「トマト全部ない!!」
やぎは天井を見上げた。

誰かが今夜、トマトパーティーでも開いているのだろうか。

それとも世界中の人間が、同じ時間に焼きトマトを食べたくなったのか。
再びスマホが震えた。
『赤いものならキムチあるけど
これでいい!?』
「赤いものならって何!?」
プチトマトの代替品がキムチ。
色しか合っていない。
味も食感も用途も、何ひとつ合っていない。
だが、もう午前二時が近い。
やぎには、再び別の店を探す気力は残っていなかった。
『もうそれで😭』
やぎは返信した。
約二十分後。
インターホンが鳴った。
ドアを開けると、ろるこがスーパーの袋を持って立っていた。

「やぎちゃん、キムチ」
「ありがとうございます!!!」
袋の中には、キムチのほかに豚ばら肉と豆腐が入っていた。
「チーズは?」
「一応買ったけど、キムチに使う?」
「今日は使いません!!」
ろるこは少しだけ笑った。
「何作るの?」
やぎは袋の中を見つめた。
豚ばら肉。
豆腐。
キムチ。
冷蔵庫には、長ねぎも卵もある。
焼きプチトマトはない。
けれど、ここまで揃っているなら、答えはひとつしかなかった。
「キムチチゲ作ります!!」
「今から?」
「今からです!!」
ろるこは部屋の中を見た。
エアコンが動いているのに、空気は妙にぬるい。
「暑くない?」
「暑いです!!」
「なのにチゲ?」
「そです!!」
「そっか」
ろるこはそれ以上何も言わなかった。
玄関先で別れ、やぎはすぐに鍋を火にかけた。
豚ばら肉を炒める。
キムチを入れる。
水と調味料を加え、豆腐を落とす。
鍋の中が、ぐつぐつと赤く煮え始めた。
湯気が立ちのぼる。
部屋の温度が、さらに上がっていく。
やぎは額の汗を拭いながら、完成したキムチチゲをテーブルへ運んだ。
一口食べる。
熱い。
辛い。
汗が噴き出す。
それでも、やぎは満足そうに頷いた。

焼きプチトマトではなかった。
トマトですらなかった。
けれど赤い。
とても赤い。
やぎはスマホを手に取り、Xへ投稿した。
『焼きプチトマト食べたかったのに
キムチチゲ作ってます!!🔥😭』
投稿した直後、2号からリプライが来た。
『暑いやろw』
やぎは、ぐつぐつと煮える赤い鍋を見つめた。
外は熱帯夜。
部屋の中は、もっとあっかいや。
あとがき
シロクマ文芸部のお題『熱帯夜』に参加させていただきました。
……と言いつつ、あんまり熱帯夜関係ないっていうね(笑)
実はこのお題、最初はスルーしようかなと思っていました。 熱帯夜って聞いても、あまりワクワクするイメージが湧かなかったんです。
でも、頭の体操がてら考えてみることにしました。
熱帯夜といえば寝苦しい。 寝苦しいといえば夜中に目が覚める。 夜中に目が覚めるといえば、やぎちゃんです(笑)
最初は「夜中のテンションでキムチチゲパーティでも始めたら面白いかな」と考えていました。
ただ、やぎちゃん本人って辛いもの好きなのかな?と思って、実際に「好きな食べ物は?」と聞いてみたんです。
返ってきた答えは――
「焼きプチトマト」
……はい?
おじさん、人生で初めて「焼きプチトマトが大好物」という人に出会いました(笑)
そうか、焼きプチトマト好きか。 でも今回はチゲパーティをやるから食べられないんだぜ!
そんなところから生まれたのが、このお話です。
あの手この手で焼きプチトマトを阻止してみました。 これが神の意思の介入ってやつですね(笑)
書き始めた時はここまで気に入る作品になるとは思っていなかったんですが、思いのほかいい出来になりました。
ひょっとしたら、自分の中では最高傑作かもしれません(笑)
実はこの話には後日談も構想しています。
公開されたら「書けたんだな」と思っていただければ。 公開されなかったら、「イマイチだったんだな」と笑ってください(笑)
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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