松本暮らし~春(②いきなり感動、お船祭り/後編)
前編はお船祭りそのものについて書きましたが、後編では、地元の人たちの祭りへのかかわり方を軸に書きます。
本連載は、通過する旅に物足りなさを感じ、“滞在する旅” を試した私の体験談と、その結論としての “2年間限定移住のすすめ” です。
信州ファンや滞在型の旅が好きな方の参考になれば、と思います。
私のライフワーク「昔の人びとの楽しみ方」の名残りも探っています。
雪の北アルプスを背に、春を運んでくるお船
ヘッダーは、藤井町会のお船。集落の人たちを引き連れ、海原を進むように揺れながら、お宮へと向かいます。8時半頃です。
コロナ禍で中断していたお船の曳行は、私が松本へ行った2023年、4年ぶりに再開。お船がないと、春が来ないという人もいました。
お船が終わると田植え。季節の区切りでもあります。
望遠レンズをかまえた人も所々にいましたよ。
祭りを担う人たち
お船と一緒に、勢いよく鳥居をくぐる
藤井町会だけは、ハッピではなく、Yシャツにネクタイ姿の若者がお船に上がります。お船に続いて集落から付いてきた人たちもお宮入り。
(こぼれ話) 転倒した女性への超速対応
お船の前に飛び出して、後退しながらお船の正面から写真を撮っていた若い女性が、砂利道で転倒。
「ひかれる!死ぬぞ!」と思いきや、すぐに誰かが飛び出し、進路から引きずり出しました。「危ないぞ、こいつ」と思って見ていたのでしょう。瞬時の判断、当事者意識がないと動けなかったはずです。
メガホンを持って、境内に入ってくる町会の紹介や、進路の整理をしていた公民館館長さんは、「危ないですから、お船の前へ出ないでください。お船は止まれません」くらいの注意で次のお船の鳥居くぐりへ。肝を冷やしたとは思いますが。
本件は主催者には責任がなく、飛び出した女性の自己責任なのは当然。しかし、周りの人がカバーしていることに驚きました。
翌年も柵を設けるような対策はありませんでした。
規則や警備ではなく、自覚と近くの人の目配りで安全を確保する風には、しばしば出会いました。
担ぎ手は花形

各町会の若者が担う(若者しか担えない)担ぎ手が、全力で鳥居を駆け抜けます。
こんなに懸命になれる人たちがいるなんて。
自然と涙がこみ上げました。
熱いです。
面倒なことはしたくない、自分の時間を取られたくない、という今風の考えではなく、先輩に負けない立派な鳥居くぐりをしたいという意気込みを感じました。
私が住む湯の原町会のお船は、志願者が担いでいるそうです。
「一時は、人が減ったけど、今は増えてきてありがたい」と曳行メンバー。見返りがなくても頑張れる若者が、まだまだいます。
小さい頃からやっていないとお船はできない、と言う老人もいました。
愛着、あるいは愛着を超えたDNAが、担ぎ手を動かすのでしょうか。先祖代々、祭りに参加している人も多いです。
担ぎ手は、力を出すだけでなく、酒を飲み、ギャラリーを楽しませ、お船をお宮に届け、お祓いを受け、人びとを引き連れて集落に戻ってきます。
丸一日、大活躍です。
100世帯あまりの小さな町会では、家を離れた若者も帰ってきて、お船を担ぎます。
年配のご婦人Mさんによると、「お船祭りは、都会から戻ってくる子どもたちも楽しみにしてる。小中学校時代の仲間に会えるから」とのこと。しかし、「ここで育った子どもたちはいいけど、都会で育った孫たちはどうなるだろうねえ」と付け加えました。
祭りの時は、親戚も呼んだのでご婦人たちは大変でした。
「昔は祭りで親戚が集まったので、子どもを背負って料理を作るのが大変だった。今は子どもと孫しか来ないから、ちらし寿司を作ってオードブルを買ってくるだけ。簡単、簡単」とMさん。
時代とともに簡素化は進みます。また、煮物中心の祭事料理から、子どもたちが喜ぶ揚げ物や肉類へとメニューも変わっていきました。
お祭りの集まりは、親戚に嫁を紹介する場でもあったそうです。
担ぎ手を支える人たち

お船は、参道で数十分の休憩を2回取ります。この間、「やあやあ」「久しぶり、元気?」と会話が始まっていました。
この場と時間が大切ですよね。

松本平のお祭りの行列には、お酒や飲み物を運び、ゴミを回収するリアカーが追随します。みなさん、よく飲むのです。ビールサーバーを積んだリアカーもありました。
シブいのが、リアカーを引く人。
お船の担ぎ手を卒業した人たちで、「俺は一生リアカーだ~」と言いながら、お船のように右に左に揺らしながら進んでいた人もいました。
裏方を明るく務めています。
若者には先輩がいます。
まず、神事に同席する役員さん。礼服を着て社殿に上がる長老ですね。
注目すべきは、かつては中老といわれた若者たちの兄貴分。この地区では、「壮年」とよびます。
お船祭りにもいました。
若者と、その気持ちを知る壮年、そして長老。
各年代がそれぞれの役割を果たすコミュニティ。今では崩壊した年齢階梯制の名残りがあったのでビックリしました。
K町会では、中年の男性が、ハッピではなくジャケットを羽織って、お船の進路や回転場所のスペースを確保していました。
お宮で直会が始まると、一升瓶を「ホイサ、オイサ」と言いながら振って景気づけ。裏方であり、ムードメーカーですね。
私が子どもの頃、“岩井の兄ちゃん” とよばれる人がいて、子どもや若者と町会役員の間に入ってくれました。あの人のいうことを聞いていれば間違いない、と子ども心に思ったものです。
40年ぶりに “岩井の兄ちゃん” を思い出しました。地元にいつもいる自営業(家具屋さん)の方でした。
祭りを支える人たち

お船の通り道にはしめ縄が張られ、紙垂(しで)が揺れます。祭りの前日に年配の方々が張っていました。
松本平では、祭りの時に、しめ縄を張る氏子町会がほとんどです。加えて、玄関に提灯を下げる地区もあり、祭りだな、とすぐにわかります。
そして、花火。2024年は、たぶん12時に10発ほど上げました。
松本平では、イベントがあると花火を上げます。文化祭で数発上げる高校もあります。
引っ越し当初は、花火大会があるのかと思ったほど。
地元の人たちは、花火の音がすると、「今日は、なんだい?」「確か、〇〇だ」などと話をしています。私も慣れました。

祭りの日には、集落境に幟(のぼり)を立てます。
自動車を止め、交通整理をしているのは、交通安全協会のボランティアさん(写真左下)。警備会社に頼むのではなく、手作りの祭りですね。
いずれも、私の千葉の自宅近辺にはない住民のかかわりです。かかわる人が多いほど、祭りが盛り上がりますね。
お船は県宝

長野県には、「県宝」という仕組みがあります。9艘のお船は県宝。2000年以降、県の補助金で修復され、漆も金箔も鮮やかです。
湯の原のお船は、諏訪の宮大工・立川富重らが1858年に作ったとされています。当時は補助金などない時代。各町会のパトロンが、或は住民がお金を出して作った財産ですね。
聞こえてきた人びとの思い

松本滞在が2年目になると、顔見知りができます。祭りを見ていても、立ち話をできる人がでてくるし、ひょんなことから氏子総代さんとも知り合いになりました。
顔見知りは、お祭り、特に鳥居くぐりを楽しみにしています(自分がくぐった時と比べている人も)。
私が感じたのは、みんな地元の祭りが好きで、「近隣で一番」だと思っていること。
信州のいろいろな祭りを見に行った私も、里山辺のお船祭りが一番だと思うようになりました。地元びいきですね。

ところで、私の町会では、一戸建てとアパート在住者に違いがあり、アパートに住んでいる私は、町会費が半額、溝掃除などの共同作業がないのですが、回覧板が回ってきません。
住民ではなく、「数年滞在する人」という位置づけですね。リーズナブルな仕組みだと思います。
顔見知りがいても、お弁当の仲間には入りにくく、祭りを見ていたドイツ人カップルと同じポジションだなあと思いました。
ギャラリーとしてではなく、住民として祭りに参加していたら、子ども・若者・中年・老人、年相応の立場で、祭りを盛り上げようと考え、動いたでしょう。私は、居場所を定めた住民とは違いました。
それはさておき、地元のマスコミで、住民へのインタビューが報道されていました。
兎川寺町会の中学1年生は「うきうきしながらお船に乗っていた。鳥居を通る時に揺れたけど、楽しかった」と満足そうに話した。
藤井町会の小学6年生は「(おはやしを)全力で練習した。皆でお船を曳くことが楽しい」と喜んでいた。
これ(お船祭り)は、なきゃいけないですね。みんな楽しそうだし、見ている私たちも元気がもらえるし。
まとめ
江戸時代に作られた県宝のお船を中心に、地域の人びとがまとまり、世代が繋がるお船祭り。
お船を担ぐ若者は花形ですが、お酒を載せたリアカーを引く人、若者をサポートする先輩たち、交通整理をする地元の人たち、町にしめ縄を張って祭りの準備をする老人たち。みんなお船祭りが好きで、自分の地域も好き。
彼ら彼女らを動かしているのは、地域への愛着です。
滞在中は晴天にめぐまれ、お船の巡行を毎年見られました。北アルプスを背景に進んでいくお船は、「春だ、頑張るぞ」という気を起こしてくれます。
私は旅人でしたが、年ごとに愛着が深まり、この祭りを自分の知人にも見せたいという誇らしい気持ちも生まれました。
ここに住み続ける人たちが愛着をもち、誇りに思うのは当然ですね。
*お船祭りの詳細
・松本市文化財課『里山辺お船祭のお船』
・旧山辺小学校 『学芸員雑記 須々岐水神社のお船祭り』
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