父の写真
小さい頃のアルバムを開いても、父の写真はほとんどない。
父はいつもふらっと出かけていて、写真を撮る時も大抵いなかった。
たまに写っていても、横を向いていたり、タバコを吸っていたり。
父が一人で写っている写真を見つける方が難しかった。
私の結婚式の写真でさえ、父は後ろの方に、
ただ写り込んでいるだけだった。
子どもが生まれて、しばらくした頃。
父は胃がんになった。
入院した父のところへは、
本当なら毎日でもお見舞いに行きたかった。
でも、まだ幼い子どもを連れて毎日病院へ通うことは、なかなかできなかった。
毎日病院へ通い、先生の話を聞いていたのは母だった。
私は実家へ行ったり、電話で母と話をしたりすることしかできなかった。
それでも、母の話を聞くたびに、
父は、もう長くないのかもしれない。
そんなことを少しずつ感じ始めていた。
病院へ行くと、母は見舞いに来た親戚と話をしていた。
「もう、準備しといた方がいいよ。」
「用意するものがあったら言ってね。」
そんな言葉が聞こえてきた。
まだ父は生きている。
私は、その言葉を聞きたくなかった。
母は何も言わず、小さく頷いていた。
その姿を見ているのが、たまらなく辛かった。
そんな頃、
父が一時退院をすることになった。
最後の退院になるかもしれない。
言葉にはしなかったけれど、そんなことを感じていた。
これからは、実家へ行けば父に会える。
それが、私の小さな希望だった。
子どもを連れて実家へ行けば、父がいた。
寝ていることも多かったが、
時には茶の間で新聞を読んだり、
たわいもない話をしたり、
孫をあやしてみたり。
そんな時間が、また戻ってきたようだった。
でも、唯一、一緒に食事をする時間だけは、いつもと違っていた。
父は、食べたいものがあっても、あまり喉を通らなかった。
ご飯を残す。
箸が止まる。
一緒に食卓を囲んでいるだけで、私は気持ちが沈んだ。
父の姿を見るのがつらくて、
私も、なかなか箸が進まなかった。
父が食べられる、みかんの缶詰や、パイナップルの缶詰を買って実家に行った。
パジャマ姿の父。
ぶかぶかになった半纏。
少しこけた頬。
父の最期が近いことを、私は受け入れたくなかった。
その頃、父がいない時に、
母がぽつりと言った。
「お父さんの写真がないんだよ。」
私は、その言葉を聞いた瞬間、すべてを理解した。
母には、
「あぁ、そうだね。
今度、撮ろうか。」
そんな言葉を言った気がする。
受け入れたくない現実。
それでも、受け入れなければならない事実。
子どもを寝かしつけても、
母の言葉が頭から離れなかった。
母のつらそうな顔を見ながら、
私も心のどこかではわかっていた。
きっと、この先、父の写真を撮る日はもう来ないのだと。
私は覚悟を決めた。
しばらくしてから。
私は子どもを連れ、デジカメを持って実家へ向かった。
父は、茶の間で新聞を読んでいた。
父に写真を撮りたいと言ったら、
きっと父も何かを感じるかもしれない。
どうやって写真を撮らせてもらおう。
私はしばらく、そんなことを考えていた。
私は何でもない話をしながら、父に言った。
「お父さん、孫との写真がないから、
撮ってあげるよ。
ほら、抱っこしてみて。」
父は笑いながら、
「よし。」
と言って、孫を抱っこした。
「はーい。こっち向いてー。」
「笑ってねー。」
父に抱かれた子どもは、泣きもせず、
父の顔をただじっと見ていた。
カメラ越しに見える父は、
ぶかぶかの半纏を着て、
重そうに孫を抱きながら、
優しく笑っていた。
泣きたい気持ちをこらえながら、この笑顔が、ずっと先まで残りますようにと願い、シャッターを押した。
優しく微笑む父は、何も言わず、ただこちらを見つめていた。
父の葬儀の日。
祭壇に飾られていたのは、
あの日、孫を抱いて優しく微笑む父の笑顔だった。
それが、父の最後の写真だった。
父が写った写真。
今でも写真立てに入ったままのその写真は、
部屋の引き出しの中にしまってある。
父に、
「おい。いつも飾っといてくれー。」
と言われそうだが、
いつも父に見られているのは、なんだか恥ずかしい。
だから、たまに思い出して見返すくらいが、ちょうどいいと思っている。
父の写真は少ない。
でも、一番残しておきたかった父の笑顔だけは、ちゃんと残った。
だって、いつもフラフラいないんだから。
