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防災┋つなぎ&まもり #59:備えを、続く形にする


マガジン案内

このマガジンは、日常の中にある小さな気づきから、防災をやさしく考えていく物語です。

特別な知識や大きな準備だけではなく、
暮らしの中で無理なく続けられる備えを、
ゆい・さく・こでちゃんたちの会話を通して描いていきます。

今回のテーマは、
「備えを、続く形にする」

防災備品は、置いて終わりではありません。
いざという時に使えるように、
そして次に見る人が迷わないように、
確認できる形にしておくこと。

それも、大切な備えのひとつです。


表にしただけでは、まだ途中

「前に作った表、今日は実物と合わせて見てみよっか」

ゆいは、机の上に置いた防災備品の確認表を見ながら言った。

前回、こでちゃんが作った表には、大きく三つの見出しがあった。

毎回見るもの
定期的に見るもの
変わった時に直すもの

紙の上では、ずいぶん見やすくなった。
けれど、それだけで終わりではない。

さくが、棚の方を見ながら言った。

「紙の上では合っとっても、実物と違っとったら意味ないもんね」

「そうなんやて。だから今日は、実際に見ながら直したいんよ」

ゆいがそう言うと、こでちゃんはチェック表を手に取った。

「うん。その方がいい。紙の上だけだと、だんだん実物とずれるから」

こでちゃんは、臙脂色の作業着の袖を少しだけまくった。
赤みがかった黒髪を、後ろでゆるくひとつに結んでいる。
表情はいつも通り大きく動かない。
けれど、手元の紙を見る目は静かに集中していた。


まずは、期限があるものから

「最初は、期限があるものから見よう」

こでちゃんが言った。

ゆいは、防災備品の箱を開けた。
中には、非常食、保存水、簡易トイレ、乾電池、ライト、軍手、ウェットティッシュなどが入っている。

さくが非常食を一つ手に取った。

「これ、期限まだ大丈夫そうやね」

「表では来年の三月になってる」

こでちゃんが表を見ながら答えた。

ゆいは、非常食の印字を確認した。

「こっちは来年三月。でも、こっちの箱は今年の十二月やね」

「表と違うね」

さくが言った。

こでちゃんは、すぐにペンを動かした。

「種類ごとにまとめて書くより、箱ごとに期限を書いた方がいいかも」

「同じ非常食でも、買った時期が違うと期限も違うもんね」

ゆいがうなずく。

さくは、少し考えてから言った。

「まとめすぎると、見やすいけど見落とすこともあるんやね」

「うん。見やすさと、正確さの間を取る必要がある」

こでちゃんは淡々と言った。


あるだけでは、使えるとは限らない

次に、ゆいは懐中電灯を手に取った。

「ライトは、あるかどうかだけ見ればいいかな」

そう言ってスイッチを押した。

けれど、灯りはつかなかった。

三人の間に、少しだけ沈黙が落ちた。

「……電池切れ?」

さくが言う。

ゆいは、ふたを開けて中を確認した。

「電池、入ってる。でも古そう」

こでちゃんは表を見た。

「表には『懐中電灯あり』って書いてある。でも、点灯確認の欄がない」

「あるだけじゃダメやね」

ゆいが小さく息をついた。

こでちゃんは、新しい欄を書き足した。

点灯確認
電池の種類
予備電池の場所

「これがあると、次に見た人が何を確認すればいいか分かる」

「ライトは、置いてあるだけじゃ安心にならんね」

さくが言った。

「いざという時に点かないと困るから」

こでちゃんが、短く答えた。

その言葉に、ゆいはうなずいた。

防災備品は、数がそろっていれば終わりではない。
必要な時に使える状態かどうか。
そこまで見て、ようやく備えになる。


小さなズレは、誰かのせいではない

確認を進めていくと、いくつかのズレが見つかった。

非常食の期限が、表と違っている。
乾電池の種類が、ライトに合っていない。
簡易トイレの数が、思っていたより少ない。
連絡先表の一部が古い。
最後に誰が確認したのか分からない。

ゆいは、表を見ながら眉を寄せた。

「結構あるね、ズレ」

さくは、防災備品の箱をそっと閉じた。

「でもこれ、誰かが悪いって話やないよね」

「うん。分かる形になってなかっただけだと思う」

こでちゃんが言った。

ゆいは、こでちゃんを見る。

「分かる形?」

「前回どうだったか。誰が見たか。次にいつ見るか。それが残ってないと、確認したつもりでも途切れる」

こでちゃんは、表の空いているところに項目を書き足していった。

確認日
確認した人
数量
期限
次回確認日
気づいたこと
対応が必要なこと

さくが、その表をのぞき込んだ。

「これなら、次に見る人も分かるね」

「うん。前回の状態が残っていれば、確認はやり直しじゃなくて続きになる」

こでちゃんの声は静かだった。
けれど、その一言で、ゆいには少し見え方が変わった。

確認は、毎回ゼロから始めなくてもいい。
前に見た人の記録があれば、次の人はそこから始められる。


備えは、次の人へのメモでもある

ゆいは、連絡先表を手に取った。

「連絡先って、変わった時だけ直せばいいと思ってたけど、古いかどうかも時々見ないと分からんね」

さくがうなずく。

「特に、家族構成とか、連絡手段とか、避難先とかは変わることあるもんね」

こでちゃんは、連絡先表の横に小さく書いた。

最終確認日

「これがあるだけで、いつ見た情報か分かる」

「確かに。古いか新しいか分からん情報って、使う時に不安になるもんね」

ゆいが言った。

さくは、少しやわらかく笑った。

「備えって、物を置くだけじゃなくて、次に見る人へのメモでもあるんやね」

こでちゃんは、少しだけ視線を上げた。

「うん。自分が覚えていなくても、表が覚えてくれる」

その言い方に、ゆいは思わず笑った。

「表が覚えてくれる、か。こでちゃんらしいね」

「人の記憶は抜けるから」

こでちゃんは、いつもの調子で答えた。

「でも、残しておけば戻れる」


忘れる前提で作る

作業がひと段落した頃、机の上には、最初より少し細かくなった確認表が広がっていた。

非常食の期限。
保存水の本数。
ライトの点灯確認。
乾電池の種類。
簡易トイレの数。
連絡先の最終確認日。
次回確認日。
気づいたこと。

ゆいは、表を見ながら言った。

「最初は、確認することが増えたように見えたけど……」

さくが続ける。

「でも、何を見ればいいか分かるから、逆に楽になるね」

こでちゃんは、表の一番下に短く書き足した。

迷ったら、ここを見る。

前回も書いた言葉だった。

ゆいは、その文字を見てうなずいた。

「これ、やっぱりいいね」

さくも静かに言った。

「忘れることを責めない感じがする」

こでちゃんは、少しだけ考えてから答えた。

「忘れる前提で作った方が、使いやすい」

その言葉は、とてもこでちゃんらしかった。

忘れないように頑張る。
もちろん、それも大切だ。

でも、人は忘れる。
忙しければ抜ける。
担当が変われば分からなくなる。
初めて見る人には、前の流れが分からない。

だから、忘れない人に頼るのではなく、
忘れても戻れる形を作る。

その方が、きっとやさしい。


見落としを責めるより、見つける形にする

ゆいは、確認表を見ながら言った。

「これ、防災だけじゃなくて、仕事でも同じかもしれんね」

さくが少し笑う。

「ゆい、すぐ仕事に結びつけるね」

「だって、見落としって、気合いだけではなくならんもん」

ゆいは、表の端を指で押さえた。

「誰かが悪いって言う前に、見落としやすい形になってないかを見る方が大事なんやと思う」

こでちゃんがうなずく。

「責めるより、見つける形にした方が早い」

さくは、その言葉をゆっくり受け止めた。

「見つける形か。いいね」

防災でも、仕事でも、暮らしでも。
大切なものほど、見落とした時の影響は大きい。

だからこそ、見落とした人を責める前に、
見落としにくい形を作る。

確認する場所を決める。
記録を残す。
次に見る日を決める。
迷った時に戻る場所を作る。

それは、特別な技術ではない。
けれど、続けるためには、とても大切な工夫だった。


備えを、続く形にする

作業が終わる頃には、防災備品の箱にも、小さなラベルが貼られていた。

非常食
保存水
ライト・電池
簡易トイレ
衛生用品

そして、箱のふたの内側には、確認表の写しが一枚入っていた。

ゆいは、それを見て言った。

「これなら、次に開けた人も迷わんね」

「うん。棚を開けた時に、すぐ見える方がいい」

こでちゃんが答える。

さくは、ふたの内側に入った表を見ながら言った。

「備えを、次の人に渡せる形にするんやね」

ゆいは、その言葉にうなずいた。

備えは、物を買って終わりではない。
一度表を作って終わりでもない。
確認して、直して、残して、次へ渡す。

そうやって、少しずつ続く形にしていくものだ。

こでちゃんの作った表は、特別に立派なものではなかった。
けれど、そこには大切なことが詰まっていた。

誰が見ても分かるように。
忘れても戻れるように。
次に見る人が困らないように。

それは、静かだけれど、確かな備えだった。

ゆいは、机の上の確認表をもう一度見た。

「じゃあ、次回確認日はここに書いておくね」

さくがペンを渡す。

「忘れる前提なら、次を見る日も決めとかなきゃね」

こでちゃんは、こくりとうなずいた。

「うん。続けるなら、次の入口を作っておいた方がいい」

ゆいは、表の最後に日付を書き込んだ。

小さな一行だった。

けれどそれは、備えを一回きりで終わらせないための入口だった。

備えを続けるために必要なのは、
完璧な記憶ではない。
強い気合いだけでもない。

迷った時に戻れる場所。
次に見る人へ渡せる記録。
そして、また開けられる小さな仕組み。

備えは、続く形にしてこそ、
日常の中で生きていく。


あとがき

防災備品は、そろえることも大切ですが、
使える状態で保つことも同じくらい大切です。

非常食の期限。
ライトの点灯確認。
電池の種類。
連絡先の更新。
次に確認する日。

これらをすべて頭の中だけで覚えておくのは大変です。

だからこそ、忘れないように頑張るだけではなく、
忘れても戻れる形にしておくこと。

チェック表やラベル、確認日を残すことは、
とても地味ですが、続けるための大切な備えです。

見落としを責めるより、
見つけられる形を作る。

それも、やさしい防災の一つだと思います。

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