見出し画像

最終回-私の生きる道-

再起のはじまりと、今の自分を取り戻すまでの道のり


あれから2年が経ちました。
あの頃の私は、すべてを失ったように感じていました。
信じていたものに背を向けられ、自分の存在が社会の中でどこにあるのかさえ見失っていました。

慣れ親しんだ土地を離れ、まったく新しい地域での暮らしは想像以上に大変でした。土地勘もなく、人間関係もゼロからのスタート。何気ないスーパーの品揃えの違いにも戸惑い、まるで異国に来たような感覚すら覚えたものです。

定職に就くまでの約1年間は、教職としての非常勤の仕事と障がい者年金でなんとか生活をつなぎました。
先の見えない不安の中、
何度も「これでいいのか」「本当に自分は再び立ち上がれるのか」
と自問自答を繰り返しました。

それでも、今、こうして振り返ってみると、一歩一歩、着実に進んできたように思います。
新しい住まいを見つけ、小さな中古車を手に入れ、祖母の近くで暮らすという決断も、すべて自分の意思で選び取ってきた道です。

89歳になる祖母は、今もなお経理の仕事をこなしています。
その姿に、私はいつも励まされています。人は何歳になっても「役割」を持てるのだと、彼女が体現してくれているからです。

両親のことも、ここで少し触れておきたいと思います。
母は10数年前に交通事故で脊椎を損傷し、下半身不随となりました。今も車椅子の生活が続いており、排泄や移動などすべてにおいて介助が必要です。父は現在78歳。年齢の割にまだ動けていますが、介護という重責を日々担っている姿には、心からの尊敬と同時に、深い心配もあります。

私は現在、福祉の現場で週5日働いています。
決して楽な仕事ではありません。でも、人と人との間にある「支え合いの力」、そしてこれまで学び重ねてきた「知識や経験の総合力」を実感できるこの仕事は、今の私にとって、まさに希望そのものです。

今いる現場には、本当にさまざまな障害を持った方々がいます。
身体、知的、精神といった枠を超えて、一人ひとりの人生がそこにあります。関わる支援者にも、真剣に寄り添おうとする人もいれば、そうでない人もいます。寄り添いという言葉は簡単でも、実践することの難しさは、現場にいれば痛いほどわかるのです。

そして、もっと深刻な現実があります。
行政サービスからも、国の制度からも見放されたような方々が、確かに存在しているということです。

制度のはざまに落ち込んでしまった人。
どこにも所属できず、頼る場所がなくなった人。
支援の網からこぼれ落ち、誰にも気づかれないまま静かに困窮していく人たち。

そうした「困難ケース」と呼ばれる方々を担当する機会も少なくありません。
ですが、そういうケースは往々にして、報酬にはつながりません。
行政は動かない、警察も介入できない、その他の関係機関も「対応困難」と手を引いてしまう…。そんな場面にも、私は何度も立ち会ってきました。

福祉は、理想論だけでは回りません。
でも、本当に必要とされているのは、インクルーシブ(包括的)な社会であり、誰ひとり取り残されないダイバーシティのある社会です。
福祉が成り立つためには、制度だけでなく「人として支え合う意識」が社会全体に広がっていく必要があります。

報酬が得られないからやらない――
そんな仕事は、きっとこの業界では通用しません。
報酬ではなく、信念や使命感、あるいは

「ただ目の前の人を見捨てたくない」

という人間としての感情こそが、支援の原動力になるのです。
しかも、当事者(ピア)なのでよく現状を把握しています。

私はこの現場で、そうした「社会の最深部」に触れ続けています。
そして、そこにこそ、人間の強さや温かさ、そして“生きていく力”があるのだと、日々痛感しています。

加えて週に1日は祖母の通院介助や買い物同行。最近では夕方の買い物代行も増えてきており、実質的に週6日間、休む間もなく動いている日々です。
それでも不思議なことに、身体はしんどくても、心はどこか前向きなのです。これは、以前の自分にはなかった感覚でした。

でも、自分の生活の中では、福祉制度も大いに活用しています。
自立支援医療を使えば、医療費は1割負担になります。訪問看護も同様に1割。ほかに障がい者年金を受給しており、心療内科には月1回、そして慢性蕁麻疹の治療のため皮膚科には2週間に一度通っています。

ただ、これらの通院は平日では難しく、仕事との兼ね合いから土曜日に集中させるしかありません。
朝8時半に皮膚科を受診し、続いて心療内科へ。そして訪問看護が入り、その後は祖母の通院の付き添いと買い物支援。土曜日は、分刻みのスケジュールで過ぎていきます。
ようやく訪れる日曜日だけが、少しだけゆっくりできる「自分の時間」です。

正直なところ、これまでは「ただ生きるだけ」の日々でした。
趣味もなく、楽しみもなく、呼吸をして、働いて、帰って眠る…その繰り返し。でも、最近になって、小さな変化が起きはじめました。

それが「自炊」です。
以前の私は、コンビニやスーパーの総菜で食事を済ませるのが当たり前でした。でも、ある日ふっと思ったのです。
「自分で作った料理を、自分のために用意してあげよう」と。
意外と、料理は「学ぶ」根源だと思いました。
素材の組み合わせにより、「喜び」や「まずさ」を感じる
でも人は、飯を食わなければそもそも生きていけない・・・

それからは、調味料を集めたり、食材の旬を調べたりして、少しずついろんな料理に挑戦するようになりました。最近のお気に入りは、野菜たっぷりのスープと、鶏むね肉のしっとり茹で鶏です。
前日につくったお弁当を職場に持って行き、ランチタイムに自分の手料理を食べる時間が、今ではちょっとした誇りでもあります。

そして、もうひとつ。
AIの学習も私の新たな楽しみになりつつあります。思い切ってAIPC(AI専用パソコン)を購入し、いろんな用途で検証を重ねています。AIに触れることで、仕事の効率もぐっと上がり、「学ぶ喜び」を久しぶりに感じています。
いまでは、仕事での効率化を生んでいます。

noteへの投稿も、日々の楽しみの一つになりました。
誰かに読まれる喜び。「スキ」が入ると素直に嬉しくなります。もちろん、読まれない日もあります。それでもいい。私という存在が、ここに記されている。それが、今の私にとっては何よりの意味を持つのです。
コメントがはいると尚うれしいです。
収益化もしていますが、こうして読者の方々との触れ合いも大切にしたいと思っています。

家族と別れ、自分だけの道を歩むことになりました。
苦しかった。寂しかった。
でも、今では「この道を選んでよかった」と心から思えるようになりました。

今月、息子は18歳になり、先日、誕生日に高級時計をプレゼントしました。
彼が「自分の時(とき)」を大切に歩んでいけるようにという想いを込めて。社会人になっても使えるよう、スーツに似合うデザインを選びました。2年近く会っていませんが、「ありがとー」という短いLINEが届き、まだどこかでつながっていることに胸が熱くなりました。

娘は中学3年生になり、受験を控えた大事な時期を迎えています。
受験という大きな壁を前にしながらも、彼女らしい彩(いろどり)ある人生を歩んでくれると信じています。今はそばで応援することはできませんが、遠くから見守ることはできます

これから私の娘、息子に関しての未来を左右することはできません。
でも「生きる力」だけは植え付けたつもりだし、少なくとも芽吹いています。たとえ遠く跳ねれていたとしても・・・


最後になりましたが、ここまで私の文章を読んでくださった方々、本当にありがとうございました。

「私の生きる道」
というnote連載は、ここで一度区切りとさせていただきます。
ですが、noteでの発信は、これからも続けていきます。日々の生活の中で感じたこと、学んだこと、心が揺れた瞬間を、これからも大切に綴っていきたいと思っています。

どうかまた、他の記事にも目を向けていただけたら嬉しいです。
そして、皆さんそれぞれの「生きる道」が、少しでも明るくあたたかなものでありますように。
私は少なくとも絶望の中から「希望」を見つけ出しました。なぜなら、「学び」から「生きる力」を得ていたからです。

心からの感謝を込めて。
本当に読んでいただきましてありがとうございました。
たくさんの「スキ」をいただきまして感謝しかないです。
しがない、一作家がこのように記事を書くことで少しでもお役に立つのであれば。他の記事への経験につなげていきたいと思います。

最後に「本当にありがとうございました・」


いいなと思ったら応援しよう!

学び旅人(まなびたびびと) もしこの記事が心に残ったら、チップで応援してもらえると嬉しいです。 いただいたご支援は、これからの発信活動の力になります。

この記事が参加している募集