幼少期から気になる地/田辺市 天神崎
和歌山県にある、天神崎という場所をご存知でしょうか?
『いつまでもこのままで~天神崎の四季~』
静かによせる きれいな波
今は春です 天神崎
多くの生きもの 目を覚まし
光いっぱいのなか 歌います
天神崎よ 明るい海よ
いつまでも いつまでも このままで
七、八歳の頃、私は海南児童合唱団に入っていて、毎週土曜日は小学校が終わると、
母に送ってもらい公民館などで歌の練習をしていました。
和歌山県や海南市の歌が多かったのですが、中でも、
この『いつまでもこのままで〜天神崎の四季〜』と言う歌が、
美しいメロディーと、見た事もない天神崎の美しい自然が目の前に広がるようで、子供ながらに好きでした。
何故か大人になった今も、とても記憶に残っています。
当時、白浜に家族旅行に行った際、
南方熊楠(みなかたくまくす)記念館を訪れ、
和歌山市生まれの博物学者・生物学者・民俗学者でもある南方熊楠の粘菌、天神崎の自然への愛、破天荒な部分にも、驚き面白く思った記憶があります。
子供心に、名前が面白いと思い、粘菌の世界に心が躍りました。
そこから興味を持ち、よくある漫画の偉人の伝記シリーズの南方熊楠を読んだりしました。
熊楠の荒れ放題の部屋に精神的に強く動揺した妻松枝さんが実家に帰ってしまったり、
掃除をしようとすると「菌が死ぬ!」と熊楠が怒るなど、松枝さんとの逸話も多く残っています。
研究に没頭する故、奇人とも言われた南方熊楠を松枝さんは、生涯支え続けました。
南方熊楠は、植物や粘菌の採取の為に足しげく天神崎に通い自然や神社の保護を訴えており、
天神崎が別荘地として開発される話を心配していたと言います。

後の1974年(昭和49年)、別荘地計画が明らかになり、市民が寄付で土地の権利を買取り、守り続ける*ナショナル・トラスト運動が起こりました。
こう言った運動は、日本では先駆けでした。
歌で知り、南方熊楠と天神崎の繋がり、現在も市民の方々によって保全され、天神崎は継承されています。
熊楠の時代から現在に渡り、守り続けられている天神崎にロマンを感じ、未来もこのまま残ってほしいと願っております。

最近は、引き潮時に海面に反射したウユニ塩湖のような写真が撮れるとSNSでも人気です。
私も近いうちに、恐らく初めて訪れるのですが、南方熊楠が見た天神崎、じっくり目に収めてきます。
また、noteに報告させていただきますね。
