【くまはわるくなかった】掌編小説 芸人がYouTubeの世界へ行った時の葛藤
それは、本当に“わるいこと”だったの?
場所を変えただけで、
生き方を変えただけで、
人は、こんなにも責められてしまうのだろうか。
もしあなたが、
「がんばっているのに、なぜか否定される」
そんな痛みを知っているなら——
この物語は、きっとあなたのための物語です。
『くまは、わるくなかった』
むかしむかし、
しずかな森に、一匹のメスのくまがいました。
名前は、マオ。
マオは、ほんとうは
歌うことで、だれかを笑顔にすることが
だいすきなくまでした。
でも森のくまたちは言いました。
「くまは、山で生きるものだ」
「目立つな」
「静かに、強くあれ」
マオはずっと、
土を掘り、子どもを育て、
からだをつかって生きていました。
——それが「正しい」と信じて。
ある日。
山の食べものが減り、
マオは、森の外へ出ました。
光のあるほうへ。
音のするほうへ。
そこは、人の世界。
キラキラした箱の中で、
だれかが笑っていました。
(あんなふうに、笑わせてみたい)
マオは、思わず一歩、ふみ出しました。
けれど。
「くまだ!!」
「こわい!」
「なんで出てきた!」
その瞬間、マオは——
“悪いくま”になりました。
なにもしていないのに。
ただ、出てきただけなのに。
マオは逃げました。
胸の奥が、ぎゅっと痛くて。
(わたしは、まちがっていたの?)
森に戻っても、
もう前の自分には戻れませんでした。
「外に出たくまは、変わってしまう」
そう言われて、距離を置かれました。
ひとりぼっちの夜。
さみしくて、孤独で、
マオは声を殺して泣きました。
それでも——
小さな声で歌い、
自分の心を、そっと癒しました。
すると——
遠くから、声が届きました。
「なんだろう、この優しい響き」
それは、小さな光る箱の向こう側。
見えない誰かの声でした。
マオは、こわごわ歌を届けました。
顔は見えない。
でも、心は届く。
ひとり、またひとりと
「好きだよ」が集まっていきました。
でも同時に、
こんな声も増えていきました。
「らくしてる」
「くまのくせに」
「ちゃんと働けよ」
マオの胸は、また揺れました。
(わたしは、ズルいの?)
そのとき。
ひとりの女の子が言いました。
「ねぇ、マオ」
「わたしのお母さんね、
ずっと体をこわして働いてたの」
「でも今は、おうちで
だれかを元気にするお仕事してるの」
「楽しそうに笑ってるよ」
マオは、気づきました。
からだをすり減らすことだけが
「がんばる」じゃない。
誰かの心をあたためることも、
立派な“しごと”なんだと。
森のくまたちも、少しずつ変わりました。
重たい木を運ぶくま。
歌を届けるくま。
お話をするくま。
それぞれの“役目”が、
ちがうだけ。
ある日、マオは
空に向かって言いました。
「わたしは、わるくなかった」
「ただ、新しい場所に行っただけ」
すると風が、やさしく答えました。
「それを、“進化”っていうんだよ」
そして、マオは今日も歌います。
むかしは「こわい」と言われたその声で、
いまは、だれかの心をほどいていく。
——森から出てきたくまは、
悪魔なんかじゃなかった。
時代を運ぶ、最初の一歩だった。
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