詩集『持ち重り』鎌田尚美
現と幻。その境を越えれば、白昼夢に生きるか、代わり映えのしない日常を生きるしかない。そのあわいに、この詩人は揺蕩っている。
肌も合わなければ気も合わないといわれて
とうに別れたおとこを追いぬいた気がして
すべりこんできた電車にそのままのった
それが埼京線である。あまりに現実的で気が抜ける。
車内には進学塾の広告。教科書からはみだそう。
しかしはみだしていくのは、教科書からではなく、現から。
ウエルベック『服従』を取り出すためにバッグのファスナーを開ける。
隙間に指を入れる。だが、うまく開かない。
目の前には同じスカート、同じバッグをもったおんなが並ぶ。
そして一斉にファスナーをスライドさせる。
熱帯に咲く花のような甘い香りがたちこめ、なかには小さいおとこがいた。
生と性、どちらが現で、どちらが幻なのか。
白昼夢は、現のなかで見るものだ。
「スチール」は、既視感がある。そう、私の白昼夢。
上野ガード下にあるコインロッカーの一番下、五百円の扉を開いて身体を柳ピンのように腰から折り曲げ、後ろ向きで進み心地よくぎゅうっと、暗い箱の中へ入っていきます
私を囲む冷たいスチールが、いつものように安眠を与えてくれます
赤ん坊が御包みで包まれると、安心するのと似ているかもしれません
微睡みかけると、スチールが振動を伝えてきた。
どうやら、ほかにもロッカーに入っている人がいるらしい。
声をかけたい。触れたい。思い出を共有したい。
でも、自分とその人は、同じ闇を抱えているはず。
スチール越しの温もりに募った、繋がりたいという想いは
詩の最終行に向かって突き進む。
かつてアルバイトしていた喫茶店「青い麦」にいた、不倫している二人。
その別れを目の当たりにしたことを思い出して、三十年ぶりにコレット『青い麦』を繙く。ヒロイン、ヴァンカの科白を探すために。
「わたし決めたんです。あなたと別れて幸福になるより、あなたといっしょに不幸になるほうがいいって」
しかし、それは勘違いで、まったく別のラストシーンが突きつけられる。
こうした文学的素養が随所に散らばる。
翻案されていても、かまわない。
詩という幻をとおして、現の詩人と繋がりを感じる。
題詩の『持ち重り』するのは、ポケットのなかの最中。
背を丸め歩きながら、柔らかな和紙に包まれた最中を、掌でそっと運ぶことを夢想した
しかし、ここでも現と幻はへだたる。
「まず水羊羹の命は切口と角」と断言し、宮本武蔵か眠狂四郎にスパッと切らせたのは向田邦子。
甘いものを夢想する。それこそ、現と幻のあわいの幸せ。
いたずらに難解で脈略なく言葉を連ね、これが読めぬのか、そうか、それが現代詩だと開き直るのでもない。
論理の破綻した「耳触り」のよい言葉を行替えせずに並べて散文詩だという驕りもない。
いい詩集を読んだ。

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