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「太腿の内側に、雨の匂いが残った夜」*一話完結、無料

ライデン近郊のキャンプ場で、既婚者の彼と交わした、ひと夜だけの約束。
朝が来ても、下着をつけない私がいる。
乾いていた肌が、思い出すたびにまだ疼く。母の顔の下で、女がひとり目を覚ましている。

登場する人物や団体名は、私の妄想による架空のものです。偶然、似たような名前(名称)が実在したとしても、当物語とは全く関係ありません。
また、性的な描写を含んでいます。18歳未満の方、このようなストーリーが苦手な方は読み進めることをご遠慮ください。

妄想女子編集部

濡れていた朝

窓の外で、鳥が鳴いている。
テントの布越しに、光が白く滲んでいた。

ワンピースに袖を通す。
けれど、スカートの下には、何もない。

太腿の内側が、触れ合うたびに小さく疼く。
——まだ、消えていない。

昨夜の匂いが、まだ肌のどこかに残っている。
石けんと、雨と、知らない男の匂い。

私は今、母ではない誰かの顔をしている。
その答えを探す気には、今朝だけはなれなかった。

森の中の予感

九月のオランダは、もう秋の気配を纏っている。ライデンの街を抜け、郊外の森にあるキャンプ場。娘のミアが通う小学校の恒例行事に、私はボランティアの保護者として参加していた。

シングルマザーである私にとって、ここは「日常」から少しだけ浮遊できる場所だ。湿った落ち葉の匂い、子どもたちの歓声、焚き火の煙。すべてが、いつもの生活とは違う密度で肌に触れてくる。

私は今日のために、動きやすいリネンのシャツを選んだ。シャリ感のある生地が、肌に馴染む。仕事のときのテーラードとは違う、無防備な自分でいられる服だった。

そして、視界の端にいつも映り込む、一人の男。

ヨースト。クラスメイトの父親。何度か挨拶を交わしただけの、ただの保護者仲間のはずだった。

「エマ、そっちの荷物は僕が持つよ」

低い声とともに伸びてきた腕。Tシャツの袖口が、盛り上がった二の腕に張り付いている。テントの支柱を軽々と持ち上げるその背中は、頼もしく、そして少し残酷なほど魅力的だった。

はしゃぎ疲れたミアが、私に抱きついてくる。二十キロ近い娘の重みを受け止める腕は、頼りなく細い。彼が金属のペグを打ち込む音を聞きながら、私はもう一方の手で、数年まともに触れられていない自分の鎖骨を、無意識になぞっていた。骨の感触が、驚くほど冷たく、乾いている。

彼には妻がいる。迎えに来るとき見かける、ブロンドの美しい人だ。白いコットンシャツを爽やかに着こなす、隙のない人。その完成された幸福が、なぜか私の中の渇きを、いっそう疼かせた。

夫と別れて、二年が経つ。理由は、誰にでも説明できるようなものではなかった。ただ、少しずつ、二人の間から言葉が減っていき、やがて身体の距離も遠くなった。最後にまともに抱き合ったのがいつだったか、思い出せないくらいだ。

離婚してからのほうが、母としての私は強くなった気がする。仕事も、家事も、娘の送り迎えも、一人でこなせるようになった。けれど、女としての自分は、どこかに置き去りにしたままだった。

母としての強さは手に入れたけれど、女としての私は、風に吹かれた乾いた砂みたいだ。
——誰かに、壊れるくらい抱きしめられたい。

夕食のあと、焚き火の前で子どもたちを見ているヨーストを、私はじっと見つめていた。オレンジの炎に照らされた横顔が、ふいにこちらを振り向く。

視線が絡む。逸らせない。

その奥に、私と同じ種類の熱が燻っているのを、見逃さなかった。彼もまた、母ではない私を見ている。

焚き火の煙が、風向きで私たちのほうへ流れてくる。目を細めながら、彼が小さく笑った。

「煙、苦手?」

「平気よ。子どもの頃、よくキャンプに連れて行かれたから」

他愛のない会話。それでも、言葉の裏側で、別の会話が進んでいるのを二人とも知っていた。子どもたちが眠そうにあくびをする頃、私たちはどちらからともなく、その話題を切り上げた。まだ、何かが始まったわけではない。けれど、何かが始まりつつあることだけは、はっきりしていた。

昼間、テントの設営が一段落したころ、彼が私にコーヒーを差し出してくれたことがあった。

「エマは、いつも一人で頑張ってるよな」

何気ない一言だった。けれど、それが誰かに見てもらえているという事実だけで、胸の奥が小さく震えた。夫と別れてから、誰かに「頑張っている」と言われることさえ、久しくなかった。

「頑張ってるように見える? 実際は、毎日綱渡りよ」

「綱渡りに見えないところが、すごいと思うよ」

彼はそう言って、少し照れたように視線を逸らした。その仕草に、生活感のある不器用さがあって、私は思わず笑ってしまった。完璧な男ではない。むしろ、どこか頼りない部分のほうが、私の警戒心を緩ませていく。

夕方、子どもたちとゲームをする彼を眺めていたとき、彼の妻が私の隣に来て、他愛のない世間話をした。感じのいい人だった。だからこそ、罪悪感が最初からずっと私の胸の底に沈んでいた。それでも、視線は勝手にヨーストを追ってしまう。

夜が更け、子どもたちが寝静まったころ。保護者たちも三々五々、部屋へ引き上げていく。

「片付け、手伝うよ」

キッチンに残った私に、彼が声をかけた。二人きり。時刻は二十三時を回っていた。外では冷たい雨が降り出し、世界を私たちだけのものにするように、静けさを深めていった。

触れかけた指

思えば、予兆は昼間からあった。

テントを張り終えた午後、突風でロープが緩み、私が支柱を押さえていると、彼が横から手を伸ばしてきた。手首のすぐ上、私の腕に彼の指がかすめる。

「危ない、こっち持って」

たったそれだけの接触だったのに、その部分だけが、しばらく熱を持ったままだった。触れるか触れないか、そのぎりぎりの距離が、かえって意識を離せなくさせる。

夕食の配膳のとき、紙皿を渡し合う瞬間にも、二人の指先は何度か触れた。そのたびに、どちらも何も言わなかった。けれど、目だけは合っていた。

——気のせいだと思いたい。でも、そうじゃない。

服の上から伝わってくる体温。ただそれだけのことに、身体の奥がざわめいている自分に、私は戸惑っていた。こんな感覚は、もう何年も忘れていたはずだった。

焚き火の片付けをしているとき、彼が薪を運ぶ私の後ろを通り過ぎた。その瞬間、腰のあたりに彼の視線を感じた気がした。振り返っても、彼はもう別のことをしている顔をしていた。

——見られていた。間違いない。

その確信だけが、夜が更けるにつれて、私の中で膨らんでいった。

夕食の後片付けで、彼と二度、三度とすれ違った。そのたびに、視線が合う時間が少しずつ長くなっていく。言葉にしない約束のようなものが、二人の間で静かに交わされていくのがわかった。

触れた指先

シンクに落ちる水音だけが響いている。洗った皿を拭きながら、彼との距離を測る。会話はほとんどない。それでも、沈黙のほうが雄弁だった。

雨が窓を叩き始めた。その音が、二人の間の静寂を、かえって濃くしていく。彼が皿を洗い、私が拭く。単調な作業なのに、隣に立つだけで呼吸が浅くなっていくのがわかった。

ふとした拍子に、濡れた皿を受け取る指先が触れた。

「あ……」

どちらからともなく、手が止まる。逃げることもできたはずなのに、指先から伝わる熱が、私の意志を溶かしていく。磁石が引き合うように、視線が、身体が、じりじりと近づいていく。

「……ここじゃ、誰かに見られる」

掠れた声が、耳の後ろに触れた。それが合図だった。

私たちは吸い寄せられるように、キッチンの奥にあるパントリーへ足を踏み入れた。扉を閉めると、そこはスパイスと古い木棚の匂いが充満する、濃密な闇だった。

外の雨音が、扉一枚隔てただけで、急に遠くなる。かわりに聞こえてくるのは、互いの呼吸だけだった。

狭い空間で、互いの鼓動が重なる。どちらが先だったのか、もうわからない。気づけば私は彼の胸に顔を埋めていた。

首に顔を寄せた瞬間、彼の匂いがした。石けんと、その下に、男の体温の匂い。夫のシャツはいつもソープの香りだけだった。でも彼のシャツは違う。もっと深くて、少し危険な香りがする。

——これ、まずいかもしれない。

わかっているのに、身体はもう動きを止めなかった。

彼の手が、私の腰骨の上で止まった。

部屋に、雨の音だけが戻ってきた。

それから彼は、ゆっくりと、私を引き寄せた。

唇が重なる。触れた瞬間、彼の唇にはまだ夕食のワインの名残があった。渋みの奥に、かすかな甘さ。それは、いつも飲む安物とは違う、深みのある味だった。

彼の舌が躊躇なく侵入してきて、私の呼吸を奪っていく。歯列をなぞり、上顎の裏をくすぐるように動く舌先に、背筋がぞくりと粟立った。

「ん……っ」

吐息が漏れる。二人分の呼吸が重なり、雨音の隙間を埋めていく。ジーンズ越しにも、彼の昂りがお腹のあたりに触れて、熱い。好きかどうかなんて、もうわからないまま、私は彼のシャツの裾を握りしめていた。指先に伝わる生地の硬さと、その下の体温の落差に、頭の芯がぼうっとする。

薄闇の中で

冷静に観察している自分が、まだどこかにいた。呼吸が浅い。頬が熱い。
——これはいけない。
そう思う端から、その理性が、じわじわと溶けていくのがわかる。

「……本当に、いいのか」

彼が、初めて迷いを見せた声で訊いた。完璧じゃない。かすかに掠れて、少し不安げな声。その生活感のある揺らぎが、かえって私を熱くした。

「あなたは、いいの?」

問い返すと、彼は少し黙った。それから、観念したように小さく笑う。

「もう、とっくに」

その一言で、二人の間にあった最後の迷いが消えた。

雨の音だけが、二人の呼吸の合間を埋めていく。もう後戻りはできない、そんな確信が、静かに胸の底に沈んでいった。

彼の指が、リネンのシャツのボタンにかかる。一つ、また一つ。ゆっくりと、でも確実に。指先が肌をかすめるたび、私は小さく身を震わせた。

答える代わりに、私は自分でシャツの前を開いた。

薄暗い明かりの中で、アイボリーのレースのブラが覗く。呼吸のたびに、胸元がゆっくりと上下する。彼の視線が、そこに釘付けになるのがわかった。

——見られている。その視線が、私を熱くする。

このブラを選んだのは、今朝、なんとなくだった。普段は使わない繊細な下着。もしかしたら、自分でも気づかないうちに、こうなることを期待していたのかもしれない。

「……きれいだ」

短い言葉。多弁な男ではない。だからこそ、その一言の重みが、身体の奥まで届いた。

彼の指が、鎖骨の窪みで止まる。少しざらついた指の腹の感触。冷たい。彼の手が冷たい。なのに、その下が燃えていた。

ふわり、と最初は遠慮がちな接触だった。うなじから鎖骨へ、彼の唇が這っていく。その軌跡が、じんわりと熱を帯びていく。

やがて手が動き始めた。優しくて、でも確実な圧力で、肌を伝っていく。ブラのストラップが、片方だけ、するりと肩から落ちた。

窓の外で、雨が強くなった。その音に紛れるように、私は小さく声を漏らした。

「んっ……」

自分の喘ぎ声が、まるで他人のもののように聞こえる。
——こんな声、出したことなかった。

彼の唇が、鎖骨から谷間へと降りていく。もどかしいほどゆっくりとした動きに、私のほうから腰を浮かせてしまいそうになる。

「……焦らさないで」

思わず漏れた本音に、彼が小さく笑った気配がした。その余裕のなさが崩れていく様子を見るのが、たまらなく嬉しかった。

「エマがそう言うなら」

彼の声のトーンが、一段低くなった。それだけで、期待と緊張が同時に膨らんでいく。彼の呼吸が、私の耳のすぐそばで揺れている。石けんの香りの奥に、汗ばみ始めた男の匂いが混ざっていくのがわかった。

彼の手が、ウエストのくびれに沿ってゆっくりと動く。スカートのファスナーを下ろす、じりじりという小さな音。布が足元に落ちる。蝶が舞い降りるように。

下着姿になった自分を、暗闇の中でも感じられた。太もものライン、腰のあたりに残るレースの跡。誰にも見せたことのない場所に、彼の視線が触れている。

窓の外は、まだ冷たい雨の気配だった。この狭い棚の間だけが、燃えている。

「……こんなの、初めてだ」

彼が、独り言のように呟いた。既婚者としての一線を、彼もまた越えようとしている。その揺らぎが、声の端に滲んでいた。

私は答えなかった。代わりに、彼のシャツのボタンを一つずつ外していく。指先が触れるたび、彼の体温が上がっていくのがわかる。

胸元が露わになる。厚い胸板に、私は頬を寄せた。心臓の音が、思っていたよりずっと速い。

——この人も、怖いんだ。

そう気づいた瞬間、なぜか私の中の緊張が少しほどけた。彼も私も、同じくらい危うい場所に立っている。

がっしりした体つきの割に、彼の胸には小さな傷跡があった。子どもの頃、木から落ちたときのものだと、以前ミアの前で話していたのを思い出す。その生活の跡が、完璧すぎない安心感を私に与えていた。

私は指先で、その傷跡をそっとなぞった。彼が、くすぐったそうに小さく身じろぎする。そんな些細な反応さえ、今の私には愛おしく思えた。

彼のシャツが、私の肩にそっと掛けられる。カシミアではない、ただの木綿のシャツなのに、それが自分の裸の肩を包んだ瞬間、なぜか泣きそうになった。優しさと欲望が、同じ手のひらから生まれている。それが、たまらなく不思議だった。

彼の手が、再びウエストのくびれをなぞる。今度は、もう遠慮がなかった。

雨脚が強くなっていくのが、扉越しにもわかった。世界中の音が遠ざかり、この狭い棚の間だけが、二人の呼吸で満ちていく。

声を失う夜

彼が、私の耳元で名前を呼んだ。

ただそれだけのことが、なぜかすべての始まりだった。

——次の瞬間、私はもう、考えていなかった。

彼は壁に背を預け、深く息を吐いた。私は膝をつき、震える指でベルトに触れる。金具の音さえ、この静寂の中では大きく響いた。

指先が触れた瞬間、彼が小さく息を呑む音が聞こえた。その反応一つひとつが、私をさらに大胆にさせていく。誰かにこんな風に求められることが、こんなにも人を強くするなんて、知らなかった。

彼は私を立たせ、狭いカウンターの縁に腰掛けさせた。太腿の内側を、彼の長い指が這い上がってくる。

最初は指の背で、外側の柔らかい肌をなぞるだけだった。冷たい指先が、体温で少しずつ温まっていくのがわかる。

やがて指先が、内腿の付け根に触れた。かすかな湿り気が、布越しに指の腹へ伝わったのだろう。彼の呼吸が、一瞬止まった。

じわり、と奥のほうが熱くなった。触れられている場所だけ、体温が急激に上がっていくような感覚だった。

「……すごい、もう」

低い囁きが、耳を甘く痺れさせる。彼の指が、太腿の外側から内側へと回り込んでくる。薄闇に目が慣れてきた彼の視線が、そこに縫い込まれた小さな刺繍と、腰の両側で結ばれたリボンの形を辿っているのがわかった。今朝、鏡の前で選んだ、アイボリーのブラと揃いのショーツ。レースの縁取りが、指の背でなぞられるたびに、かすかにひやりとした感触を残す。

彼は私の下着に指をかけると、それをゆっくりと足首まで下ろし、脱がせてしまう。布が肌を離れる瞬間、レースの繊維が太腿を掠める、あの独特のざらつきが名残のように残った。そのままそれを、彼は私のポケットに無造作に押し込んだ。ポケットの中で、湿った布が指先に触れた感触を、彼も一瞬確かめるように押し込んだ。

——ああ、もう替えなんて、持っていない。

明日はこのまま、何も着けずに過ごすことになる。その絶対的な背徳感が、私をさらに熱くさせた。

彼は私の前に膝をつく。唇が、太腿の内側を、そして奥へと辿っていく。指先は、太腿のラインをゆっくりとなぞりながら、迷いなく奥へと進んでいった。

最初は遠慮がちな、小さな接触だった。それが少しずつ、染み渡るように広がっていく。

「んっ……」

声を殺そうとして、殺しきれない。彼の動きは確実さを増していった。優しさの中に、はっきりとした意志があった。それは、まるで楽譜の上を滑る指のように、一つひとつ確実に、私の反応を確かめながら進んでいく。

彼の舌が描く輪郭に合わせて、じわじわと熱が広がっていく。それはまるで、身体の中心から染み出すインクのように。恥ずかしさと快感が、混ざり合って区別がつかない。

雨音が強くなったり弱まったりするたびに、彼の動きもそれに呼応するように変化した。まるで、外の天気までもが、この密室の共犯者になっているようだった。

太ももの内側。そこは、誰にも触れさせたことのない、白くて柔らかい場所だった。それが今、彼の熱に晒されている。

——あと少し。あと少しで。
でも、まだ。まだ、届かない。
身体が、必死に求めているのに。

私の手が、震えながら彼の髪を掴む。制御できない。身体が、勝手に答えていく。

「エマ、そこ、そんなに……」

彼の声も、余裕をなくしていた。息が乱れている。棚の上のスパイスの瓶が、私の背中の動きに合わせて、かたん、と小さな音を立てた。

——誰かに聞かれるかもしれない。

その恐れさえも、今は快感の一部になっていた。危険であればあるほど、身体の奥が疼く。理性で止められるはずのものが、もう止まらなくなっている。

外の雨音が、いつのまにか遠くに感じられた。世界が、この暗い棚の間だけに縮んでいくようだった。

「……入れて、お願い」

自分の声とは思えないほど、掠れていた。もう、母親としてのプライドも理性も、この闇の中に溶けて消えていた。


剥がされた夜

彼は私を後ろ向きにさせ、カウンターに手をつかせた。

背後から、熱い彼が、奥の入り口にあてがわれる。どく、どくと脈打つ気配だけが、暗闇の中で伝わってくる。

「……来て」

短く、けれどはっきりと。

ゆっくりと、彼が私の中に満ちてくる。

「っ……あ……」

声を殺すのがやっとだった。肌と服が擦れる音、シーツの代わりに木棚が軋む音。彼は私の腰をつかみ、深く、確かに動き始める。

快感が少しずつ、染み渡っていく。一つ触れられるたびに、目の裏で白い火花が散った。

「あ……っ、んん……」

彼の胸が、私の背中に密着する。汗ばんだ肌と肌が、擦れ合うたびに小さな音を立てた。カシミアではなく、素肌の熱そのものが、服を着ているよりも近くて、逃げ場がない。

彼の呼吸が、耳元で乱れていく。汗の匂いが、二人の間の空気を満たしていく。塩辛くて、生々しくて、でもどこか甘い。

木棚に並んだ保存瓶が、私たちの動きに合わせてかすかに震えている。その小さな音の連なりが、まるで二人だけのリズムを刻んでいるようだった。

もう、止まらない。身体が、勝手に応え続けている。

彼の腰の動きが、少しずつ速く、深くなっていく。名前を呼ばれるたび、腰の奥がびくんと震えた。振動が波紋のように身体中に広がっていく。小さな震えが、やがて大きなうねりに変わっていく。

自分の二の腕が、白っぽかった肌から、うっすらと桜色に染まっていくのが、薄闇の中でもわかった。触れられている場所から、その色は少しずつ広がっていく。

——だめ、だめ。
でも、止まらない。
——来る。
——来てしまう。

その状態を、すぐには解放してくれなかった。彼は一度、動きを緩める。焦らすように、浅く、浅く。

「……お願い、ちゃんと」

懇願する声が、自分でも信じられないほど甘かった。

「エマ……」

名前を呼ばれた瞬間、身体の奥で何かが決壊しそうになった。

けれど彼は、まだ解放してくれなかった。動きを一度止め、私の耳元に唇を寄せる。

「まだ、だめだ」

意地悪な囁き。焦らされるほどに、渇きは深くなっていく。彼の指が、私の腰骨から、鎖骨の窪みへとゆっくり移動する。

——もう、限界なのに。
——お願い、もう。

言葉にならないまま、私は彼の名前だけを繰り返した。

彼が、また深く沈んでくる。レベル4。あと少し。あと少しで、限界だった。

彼の動きが速くなる。私も限界まで彼を受け入れ、応えていく。

「……もう、無理」

囁くと同時に、視界が白く染まっていく。それは雪原のような、音のない世界だった。頬が、自分でもわかるほど熱く、深い紅に染まっているのが感じられた。

びくん、と身体が跳ねる。

熱いものが、身体の奥深くで弾けた気がした。彼の熱もまた、震えながら、私の中で果てていく。肌のあちこちが汗ばみ、外の雨とは違う、体温そのものの湿り気が、二人の間に満ちていた。

声にならない叫びを噛み殺し、私たちは重なり合ったまま、荒い息を繰り返していた。

彼がゆっくりと離れていく。名残のように、太腿の内側を熱いものが伝う感触があった。

意識が、少しずつ戻ってくる。震える指で、自分の身体に触れる。引き潮のような余韻を、しばらくの間、ただ味わっていた。

ポケットに押し込まれた下着の感触だけが、今夜の出来事が現実であることを、静かに教えていた。

乾いた朝、再び

雨上がりの朝は、残酷なほど眩しい。木々の葉から落ちる雫が、朝日を浴びて光っていた。子どもたちの高い声が、キャンプ場の静けさを破り始めている。

立ち上がると、太腿の内側同士が直接触れ合う感触に、背筋がぞくりとした。歩くたびに、心もとない風がスカートの裾から入り込み、昨夜の熱の名残を撫でていく。腫れぼったくなった肌に、布地が擦れるたび、鈍い疼きが小さく走った。

鏡もないテントの中で、手のひらでそっと頬に触れてみる。まだ少し熱を持っている気がした。

「おはよう、エマ。よく眠れた?」

共同キッチンへ向かうと、そこにはもう彼がいた。何食わぬ顔でコーヒーを淹れている。その爽やかな笑顔が、昨晩の彼と同一人物だとは思えないほどだった。

「ええ……おかげさまで」

努めて冷静に返そうとしたが、声が少し震えた。彼と目が合う。彼だけが知っている。今、私が清楚なワンピースの下に、何も纏っていないことを。

コーヒーカップを渡す際、彼の指先が、一瞬だけ私の手に重なった。その熱だけで、身体の奥が条件反射のように疼く。

「顔、少し赤いよ。……熱でもあるのかな」

周囲にも聞こえる声で心配してみせながら、その瞳だけが、意地悪く笑っていた。

「……大丈夫。ちょっと、暑いだけ」

私は思わず、太腿を強く閉じ合わせた。その仕草すら、彼への合図になってしまっている気がした。

サンドイッチを並べて作っていると、彼の腕が不意に私の腰に触れる。

「……後で、荷物を運ぶの、手伝ってくれないか」

耳元で囁かれたその言葉が、業務連絡なのか、別の誘いなのか。彼の声の振動が、直接、下腹部に響いた気がした。

荷物運びは、結局、二人きりにはならなかった。他の保護者たちも手伝いに来て、大きなクーラーボックスを一緒に運ぶことになったからだ。それでも、彼とすれ違うたびに、指先がかすめる。その一瞬だけで、心臓が跳ねた。

「気をつけて。重いから」

何気ない一言。けれど、彼の声のトーンが、昨夜のそれと重なって聞こえる。周囲には聞こえない、二人だけの周波数があるような気がした。

正午過ぎ、車がライデンの小学校に着く。石畳の上を走る振動が、シートを通して身体の奥をかすかに揺らす。下着をつけていない頼りなさに、私は何度か短く息を吐いた。

車を降りると、そこは完全に「日常」だった。迎えの保護者たちの車が並び、無事の帰宅を喜ぶ笑顔が溢れている。

駆け寄る娘を受け止めるヨーストの隣に、彼女がいた。ブロンドの髪をハーフアップにまとめた、彼の妻。薬指の指輪が、光っていた。

——あの指で、今夜彼は触れられるのだろうか。

胸の奥がずきりと痛む。けれど同時に、歪んだ優越感が私を満たした。彼女は知らない。昨夜、あの唇が私の肌を這い、あの腕が暗闇の中で私を強く抱きしめていたことを。

荷物を降ろしていると、彼が近づいてくる。妻は少し離れた場所で、他の保護者と話していた。

「エマ、お疲れ様。ミアも頑張ってたね」

表向きは、完璧な「良き父親」の声。すれ違いざま、彼の指先が、私の二の腕をそっとなぞっていく。

「……昨日のこと、忘れてないから」

蚊の鳴くような、けれど重みのある声だった。それだけで、身体の芯がじわりと熱くなる。

「……私も」

視線だけで答えると、彼は満足そうに口角を上げ、何食わぬ顔で妻の元へ戻っていった。

エンジンをかける。バックミラー越しに、仲睦まじく歩いていく家族の姿が見えた。ハンドルを握る手が、かすかに震えている。

終わってしまった、という喪失感。それでも、太腿の内側に残る違和感と、彼の残した一言が、まだ物語は終わっていないことを、私に教えていた。

数日後、運河沿いのカフェ。仕事の資料を広げながら、思考はあの夜をなぞってばかりいた。

「あら、エマさん! ミアちゃん、キャンプ楽しかったみたいね」

隣の席に、学校のママ友グループがいた。

「あ、ええ。ヨーストさんたちが、よく動いてくださって」

平静を装いながら、震える手でカップを握る。「理想の父親」としての彼の噂話が、やけに鮮明に耳に刺さる。

——あの手で、私の中を掻き乱したくせに。

その時、テーブルの上でスマートフォンが震えた。画面に浮かぶ「Joost」の文字。

『金曜の午後、時間は作れる? 仕事の打ち合わせという名目で、君に会いたい』

短い文面の行間に、隠しきれない欲望がにじんでいた。ママ友たちの、週末のホームパーティーの話し声を聞きながら、私はテーブルの下で、太腿をそっと擦り合わせた。

深く息を吸い、彼女たちの声に紛れさせるように、返信を打つ。

『ええ、空いているわ。……続きが、したい』

送信ボタンを押した瞬間、指先に微かな痺れが走った。窓ガラスに映る自分の顔を見る。そこにいたのは、疲れ切ったシングルマザーではなく、誰にも言えない悦びに頬を染めた、一人の女だった。

金曜日まで、あと三日。焦らされるその時間さえ、今の私には極上のものに思えた。

その夜、娘を寝かしつけたあと、私は久しぶりにワードローブの奥を開けた。しまい込んでいた、シルクのブラウスに手を伸ばす。金曜日、何を着ていこうか。そんなことを考えている自分に、少しだけ笑ってしまった。

母としての予定表の隣に、もう一つ、誰にも見せられない予定が加わった。その事実だけで、乾いていた毎日に、静かな水が差し込んでくるようだった。

窓の外では、いつものライデンの街が、いつも通りに暮れていく。運河の水面に街灯が映り、何も知らない静けさをたたえている。けれど私の内側だけは、もう元の乾いた砂には戻れない。金曜日という約束が、私の中にひっそりと火を灯していた。



雨の匂いがする夜は、いつも少しだけ、あの秋を思い出します。
乾いていた誰かの肌が、また潤う瞬間を想像しながら書きました。

読み終えた後の、その静けさがスキ♡になります。
コメントで、あなたの「続き」もこっそり教えてください。

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