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本棚の20世紀(49)追悼・篠原勝之

クマさんが逝ってしまった。84歳。「お亡くなりになった」なんて言葉は似合わない。同年代で篠原勝之って誰?という人は、だいぶ違う1980年代を生きてきたと思う。名前を思い出せなくても、ビートたけしの番組などに良く出ていた着流しにスキンヘッドの・・・と言えば大概の人は思い出せるだろう。

クマさんはゲージツ家である。鉄の町室蘭が生んだ鉄のゲージツ家だ。父親の激しい暴力を受けて育った。おそらく今でいう「戦争トラウマ」だ。

クマさんは左耳の聴覚と嗅覚がない。生まれてまもなくかかったジフテリアが原因だ。戦時中でただ病院で寝かされているだけだった。

クマさんは昔、プロの喧嘩師と言われたことがあるとかないとか。ドシロートが「俺はケンカは嫌いだ。なぜなら痛いからだ。拳の他に気持も痛い」なんて言えない。

クマさんの着流しは素敵だ。あんなおしゃれな着こなしをどーでもいいように身にまとえる人なんかそうそういない。

一応、本の話なので篠原勝之という人の”文体”について触れる。

明らかに、篠原勝之の咄には、文体がある。
ていねいで、くすぐったいほど優しくて、冷静で、明るさと哀しみに満ちたコトバづかいによって、彼の話芸は、完成されているわけだ。自分を、高い位置にも低い位置にも置かず、ことをじっと見つめる彼の目線を、私たちは、彼の咄の中にだけ感じることができる。
現場での彼は「目線なんかないよ」といった顔をして、そこに居るだけなのに。

「人生はデーヤモンド」関東代理あとがき

「あとがき」なんか書くのはイヤだという本人に代わって指名された糸井重里のコトバだ。「人生はデーヤモンド」はそんな彼の咄をきちんと活字化するべく企画された。それは聞き書きなんかじゃなく、クマさん自身によって書かれる必要があった。出来上がった文章は「プロレスの味方です」のM松氏(糸井重里による)が、その「オソロシーほどのブンガク性」にびっくりぎょうてんしてあちこちに電話をかけまくったという。「恐ろしいほどの文学性」ではない。そんなスカしたものはいくらでもある。

とにかくクマさんは死んでしまった。晩年は鉄の人から土の人になって「空っぽ展」なんてのを開催した。作品には銘もなにもない。東京で開かれたのに行かなかった。後悔先に立たず。

クマさんに嘘は通じない。「何のために生きるのか」なんて思い上がった問いは軽く笑い飛ばしてしまう。憧れの無頼が一人この世から消えてしまった。

二月二十八日
コルネットの調子を日に日につかんでいくのを実感する。そろそろ春だ。明るい自閉で圧縮したエナジーでコルネットでもぶる下げて、放屁庵からどっかのシチーへ飛び出そうか。
ア・・・・・・バ・・・・・・ヨ・・・・・・。

「放屁庵退屈日記」のエンディング

「人生はデーヤモンド」(1983年発行・角川文庫/単行本は1981年情報センター出版局より発行)
「嵐の中をアカ犬が走る」(1985年発行・角川文庫/単行本は1983年冬樹社より発行)
「放屁庵退屈日記」(1985年発行・角川文庫)





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