【調べてみるシリーズ】[第2回] なぜ海保にUS-2飛行艇はないの?


[第1章]そう言えば、なんでだろう。

 前回まで、「海保って今どうなってるの?」という疑問から調べ始めて、政府がいう「海上保安能力」とは何かを整理してみた。

 その中で、一つ印象に残ったことがある。
 巡視船や航空機は、海保の目的そのものではない。

 まず「海保にはどのような能力が必要なのか」があり、その能力を実現するための手段として、巡視船や航空機、無人機、人材、情報通信などが整備されているという考え方だった。
 装備が先ではない。
 能力が先だったのである。
 そんなことを考えていた時、ふと頭に浮かんだ装備がある。
 US-2飛行艇である。
 海上自衛隊が運用する救難飛行艇であり、外洋へ長距離飛行し、海面へ着水できる世界でも珍しい航空機だ。 存在そのものは以前から知っていた。 基地祭などで展示されれば見に行きたくなるし、救難活動のニュースを見れば、「やっぱり飛行艇はすごいな」と思う。 だから、これまで特に違和感を持ったことはなかった。 ただ、前回「能力」という視点で海保を見たことで、少し引っ掛かることがあった。
 ……そう言えば、なんで海保には配備されていないのだろう。
 海保と言えば、海難救助のイメージは強い。
 日本は四方を海に囲まれ、有人離島も数多く抱えている。
 そう考えると、海へ降りられる飛行艇は、いかにも活躍しそうに思える。
 ・遠方海域での救難。
 ・離島への急患搬送。
 ・大規模災害で港が使えない状況での輸送。

 素人考えでも、「あれば便利そうだ」と思える場面はいくつも浮かぶ。 一方で、もう一つの考えもすぐ頭に浮かぶ。
 「海上自衛隊が持っているからじゃないの?」
 たぶん、それが一番自然な答えだろう。
 私も最初はそう思った。
 必要な時には海自へ支援を要請すればいい。 同じ能力を二つの組織が持つより、その方が合理的にも思える。
 ただ、そこで考えが止まった。
 前回、自分で「能力が先、装備は後」というところまで整理したばかりではなかったか。 そうすると、「海自が持っているから」という説明だけでは、少し足りない気もしてくる。 本当に知りたいのは、US-2が便利かどうかではない。
 海保は、飛行艇にしかできない能力を、自らの「海上保安能力」として必要だと考えているのだろうか。
 どうやら今回も、最初の問いとは少し違うところへ辿り着きそうである。

【次回は】
 では、飛行艇にしかできないこととは何だろうか。

 まずはUS-2という装備ではなく、「飛行艇」という能力そのものから整理してみたい。


[第2章]飛行艇にしかできないこととは何だろう。


 前回、海保にUS-2飛行艇が配備されていないことから、「海保は飛行艇にしかできない能力を本当に必要としているのだろうか。」という疑問が浮かんだ。

 ただ、そこで一つ気付いた。
 私はUS-2という機体そのものは以前から知っていた。海上自衛隊の救難飛行艇として、洋上救難や急患搬送に使われていることも、ニュースなどで見聞きしていた。 飛行艇という存在も、日本人なら全く馴染みがないわけではない。例えば、映画『紅の豚』に登場する飛行艇を思い浮かべる人も多いだろう。もちろん、あれとUS-2では時代も用途もまるで違う。それでも私の中では、「海や湖へ降りられる飛行機」くらいの認識だった。 しかし、「飛行艇」という乗り物を、そういう視点で立ち止まって考えたことは、あまり無かったように思う。
 そこで今回は、少し遠回りになるが、「飛行艇」という能力そのものを調べてみることにした。
 まず気になったのは、飛行艇はなぜ生まれたのだろう、ということである。
 調べてみると、飛行艇が活躍した時代は、まだ長距離を飛べる航空機も少なく、世界各地に十分な滑走路も整備されていない時代だった。 つまり、海や湖そのものを滑走路として使うという発想だったのである。 世界中には海や湖がある。そう考えると、当時としてはとても合理的な乗り物だったのだろう。 では、なぜ現在はほとんど見掛けなくなったのだろうか。
 ここも調べてみると、陸上機の性能向上と空港整備が進み、飛行艇が担っていた役割の多くを代替できるようになったらしい。 つまり、飛行艇は時代遅れになったというより、その役割を陸上機へ引き継いでいったと考えた方が実態に近そうである。
 では、飛行艇はもう必要ないのだろうか。 ところが、そうでもなかった。 現在でも、森林火災への空中消火、離島輸送、そして特殊な救難任務など、一部の分野では飛行艇が使われ続けている。 どうやら、万能だから生き残ったのではない。他では代替しにくい能力だけが残ったようなのである。
 ここで、ようやくUS-2の見え方が少し変わった。 私は最初、「海や湖へ降りられること」が飛行艇最大の特徴なのだと思っていた。 しかし、調べてみると、それだけではなかった。 荒れた海へ着水できること。長距離を高速で飛べること。短い距離で離着陸できること。患者を与圧された機内で搬送できること。
 どうやらUS-2は、こうした能力を組み合わせることで、遠く離れた洋上でも迅速な救難活動を可能にしているようだった。 つまり、「海や湖へ降りられる飛行機」というより、「救難」という目的を徹底的に突き詰めた特殊な航空機として考えた方が実態に近いのかもしれない。
 飛行艇が今でも残っている理由は、どうやら「飛べること」ではなく、「他では代替できない能力」にあるようだ。
 ただ、一つ気になることがある。 その唯一無二の能力を、海保は本当に必要としているのだろうか。 それとも、別の考え方で海上保安能力を整備しているのだろうか。

【次回は】
 「あれば便利」と「本当に必要」は同じではない。

 海保が現在どのような能力を重視しているのかを調べながら、飛行艇との関係を考えてみたい。


[第3章]海保は、本当に飛行艇を必要としているのだろうか。


 前回まで調べてきて、飛行艇が現在でも残っている理由は、それなりに理解できた。

 万能だからではない。他では代替しにくい能力があるからこそ、現在でも一部の分野で運用され続けているようだった。 そう考えると、最初の疑問へ戻ってくる。
 では、その能力を海保は本当に必要としているのだろうか。
 最初に思い浮かんだ答えは、おそらく多くの人と同じだろう。
 「高価だから。」
 「海自が持っているから。」
 「軍用の救難機だから。」

 私も調べ始めた頃は、だいたいそんな認識だった。 そこで今回は、この「一般解」が本当に理由なのかを調べ直してみることにした。
 まず、海保が公表している「海上保安能力強化に関する方針」や近年の概算要求を読み返してみた。すると、一つ気付いたことがある。 US-2という名前が見当たらないのである。 飛行艇という言葉も、少なくとも私が調べた公開資料の範囲では、ほとんど出てこなかった。 もちろん、これだけで「検討されていない」と断定することはできない。内部で検討された可能性までは分からないからである。 しかし少なくとも、能力強化方針や概算要求を見る限り、海保が飛行艇導入を前提として能力を整備しようとしているようには見えなかった。 逆に、何度も出てくるのは、広域監視、海洋状況把握(MDA)、長時間の情報収集、巡視船・航空機・無人機との連携といった言葉だった。
 ここで、第1回で調べたことを思い出した。 海保は、まず「能力」を決め、その能力を実現するための装備を整備する、という考え方だった。 もし飛行艇が必要な能力なら、その考え方はどこかに現れていても不思議ではない。 しかし、公開資料を調べた範囲では、その形跡は見つからなかった。 では、「海自が持っているから不要」という説明で終わるのだろうか。 これも調べてみると、実際に海保が遭難者や急患を収容し、その後、海自のUS-2へ引き継いで搬送する事例は確認できた。 つまり、両者が役割分担していることは確かなようである。 ただ、それだけで「だから海保には不要だった」とまでは言えないようにも思えた。
 ここまで調べてきて、私の疑問そのものが少し変わってきた。
 海保も海自も、どちらも「救難」を行っている。 それなのに、なぜ海自は飛行艇を維持し、海保は飛行艇を求めているようには見えないのだろうか。 もしかすると、「救難」という言葉は同じでも、両者が求めている能力そのものが違うのではないだろうか。 要求仕様が違えば、最適な装備も変わる。 そう考えると、「なぜ海保にUS-2がないのか」という最初の問いも、少し違って見えてきた。 本当に調べるべきなのは、飛行艇の有無ではない。 海保と海自は、それぞれ何を「救難能力」として求めている組織なのだろうか。
 どうやら、次はそこを調べる必要がありそうである。

【次回は】
 海保と海自は、同じ「救難」を担っていても、求める能力は同じなのだろうか。

 両者の任務や役割を比較しながら、「要求仕様」の違いを調べてみたい。

[第4章]海保と海自は、何を「救難能力」と考えているのだろうか。

 前回まで調べてきて、私の疑問は少し変わってきた。

 最初は、「なぜ海保にUS-2飛行艇がないのだろう。」という疑問だった。 しかし、公開資料を調べた範囲では、海保が飛行艇を前提に能力を整備しようとしている形跡は見つからなかった。 そこで新しく浮かんだ疑問がある。
 海保と海自は、それぞれ何を「救難能力」と考えている組織なのだろうか。 もし両者が求める救難能力そのものが違うのなら、最適な装備が違っていても不思議ではない。
 そこで今回は、公開されている任務や運用を比較しながら、その違いがあるのかを調べてみることにした。
 まず海保の任務を見てみる。
 海保の業務は、領海警備、海上犯罪の取締り、海上交通の安全確保、海洋環境の保全、そして海難救助など、多岐にわたる。
 航空機についても、遭難者の捜索だけではなく、広域監視、巡視船への支援、情報収集など、海上保安業務全体を支える役割が与えられているようだった。
 一方、海自のUS-2を調べてみると、こちらは少し印象が違う。 長距離を飛行し、外洋へ向かい、荒れた海へ着水して遭難者を収容する。そして、そのまま長距離搬送を行う。 US-2は、こうした航空救難能力そのものを維持するための機体として運用されているように見えた。 ここまで比べてみると、一つの違いが見えてきた。
 海保も海自も、どちらも「救難」を担っていることに変わりはない。 しかし公開資料を見る限りでは、海保は海上保安業務全体の中に救難を位置付け、海自は航空救難という任務そのものを重視しているようにも読める。 もちろん、これは公開資料や実際の運用事例から私なりに読み取った結果である。
 「海保と海自では要求仕様が違う」と明記した資料を確認できたわけではない。 だから現時点では、「そう見える」というところまでしか言えない。
 ただ、一つだけ、私の見方は変わった。 これまでは、「海保にUS-2がない理由」を探していた。 しかし今は、「救難」という同じ言葉でも、組織によって求めているものが違うのかもしれない、と考えるようになった。 もしそうだとすれば、次に確かめるべきことは一つである。
 その役割分担は、実際の現場でも本当にうまく機能しているのだろうか。

【次回は】
 制度や役割分担は理解できてきた。 では、その仕組みは実際の救難現場でも機能しているのだろうか。

 現場の事例や過去の議論を調べながら、「海保は、US-2の能力を自前で持たず海自に任せていていいのか」をもう少し掘り下げてみたい。


[第5章]その仕組みは、実際の救難現場でも機能しているのだろうか。


 前回まで調べてきて、海保と海自では、「救難」に対する役割や位置付けが少し違うように見えてきた。

 海保は海上保安業務全体の中で救難を担い、海自はUS-2のような特殊な航空救難能力を維持している。 では、その役割分担は、実際の救難現場でも本当に機能しているのだろうか。 そして、海保はUS-2の能力を自前で持たず、海自に任せていて本当に問題はないのだろうか。
 そこで今回は、実際の救難事例を調べてみることにした。
 真っ先に思い浮かんだのは、ニュースキャスターの辛坊治郎氏が太平洋横断中に遭難した事故である。 私も当時は、「US-2が救助に向かった」というニュースくらいしか覚えていなかった。 しかし改めて公開資料などを調べてみると、私が見ていたのは救助の「最後の場面」だけだったようだ。 実際には、遭難情報の把握、救助活動全体の調整、そして状況に応じた各機関の連携が行われ、その中で海自のUS-2が特殊な航空救難能力を担当していた。 つまり、一機の飛行機が救助したというより、一つの救難システムが機能した結果として救助が行われていたのである。
 さらに調べてみると、このような役割分担は辛坊氏の事例だけではなかった。 遠洋での急患搬送などでも、海保と海自がそれぞれの役割を分担しながら救難活動を行っている事例が確認できた。 少なくとも私が調べた範囲では、海保が現場対応や全体の調整を担い、海自がUS-2による長距離・特殊条件での航空救難能力を担うという形は、特別なものではなく、一つの運用として機能しているように見えた。 もちろん、これだけで「海保はUS-2を持たなくてよい」と結論付けることはできない。 公開資料だけでは、現場が本当に困っているのか、改善の余地があるのかまでは分からないからである。
 ただ、一つだけ私の見方は変わった。 これまでは、「海保にUS-2がない理由」を探していた。 しかし今は、「US-2という能力を、日本の海上救難システムの中で海自が担当している」と考えた方が、公開資料や実際の運用に近いように思えてきた。 では、この役割分担について、実際に運用してきた人たちはどのように考えているのだろうか。
 公開資料だけでは見えてこない、現場の視点も少し探してみたくなった。

【次回は】
 では、この仕組みを実際に運用してきた人たちは、現在の役割分担をどのように評価しているのだろうか。

 公開資料や現場経験者の証言なども調べながら、もう少し掘り下げてみたい。


[第6章]この仕組みを、現場はどう見ているのだろうか。


 前回まで調べてきて、少なくとも公開資料や救難事例を見る限りでは、海保と海自の役割分担は一つの仕組みとして機能しているように見えた。

 では、この仕組みを実際に運用してきた人たちは、どのように考えているのだろうか。
 そこで今回は、海保や海自の関係者による公開資料や回想などを調べてみることにした。
 まず印象的だったのは、海自側には飛行艇を維持する理由について語られた資料がいくつも見つかったことである。 そこでは、ヘリコプターでは届かない遠洋での救難能力や、小笠原方面への急患搬送など、飛行艇ならではの役割が語られていた。 また、海運や漁業の関係者が、「US-1の行動範囲に入ると安心する」と話していたという回想も見つかった。 少なくとも海自側では、飛行艇は今でも必要な能力として位置付けられているようだった。
 一方で、海保側を調べてみると、なかなかにおもしろい結果になった。
 海上保安能力強化に関する資料を見ると、巡視船、固定翼機、ヘリコプター、無人航空機、情報収集能力などの整備方針は数多く示されている。 しかし、私が調べた範囲では、飛行艇の導入やUS-2の保有を構想しているような資料は確認できなかった。 だからといって、海保が遠洋救難を軽視しているわけではない。 むしろ、遠洋を含めた救難体制そのものは重視しているように見える。 ただ、その能力を実現する方法として、飛行艇という選択肢は少なくとも公開資料からは見えてこなかった。
 ちなみに、新明和工業の前身が、「二式大艇」の川西航空機であることは知っていた。 ならば、「飛行艇の血だけは絶やすな」と考えた人が一人くらいいても不思議ではない、と私は密かに期待して調べてみた。 しかし、そのような逸話は調べた限り見つからなかった。
 ここまで調べてきて、私の見方はまた少し変わった。
 海保にUS-2がないことばかり気になっていたが、実際には「海自が飛行艇能力を維持する理由」の方が、公開資料からはよく見えてきたのである。 では、最初の私の疑問は、ここまで調べてきて本当に答えが出たのだろうか。

【次回は】
 ここまで調べてきたことを整理しながら、最初の疑問であった
「なぜ海保にUS-2飛行艇はないのか。」
に、私なりの答えを出してみたい。


[第7章]私なりの結論


 最初にこのシリーズを書こうと思ったきっかけは、とても単純な疑問だった。
 「なぜ海保にUS-2飛行艇はないのだろう。」である。
 当初の私は、「高価だから」「海自が持っているから」といった、漠然とした理由なのだろうと思っていた。 しかし、実際に公開資料を調べ始めると、その印象は少しずつ変わっていった。 飛行艇は、今でも他では代替しにくい能力を持っている。 しかし一方で、海保は飛行艇を前提とした能力整備を進めているようには見えなかった。 さらに調べると、海保と海自では「救難」に対する役割や位置付けも少し異なり、実際の救難現場でも、それぞれが役割を分担しながら一つの救難システムとして機能しているように見えてきた。 そして最後に、海保が掲げる「海上保安能力の強化」を改めて見直してみると、私が見落としていたことに気付いた。
 海上保安能力とは、海保だけで完結する能力ではないのかもしれない。
 巡視船、航空機、ヘリコプター、無人航空機、情報収集能力、そして関係機関との連携。
 それぞれを組み合わせ、一つの能力として機能させる。
 そう考えると、US-2という特殊な航空救難能力もまた、日本の海上救難システムの中で海自が担う一つの能力として位置付けられているように、私には思えた。
 もちろん、今回調べたのは公開資料が中心であり、内部でどのような検討が行われてきたのかまでは分からない。 だから、この結論が唯一の正解だと言うつもりはない。
 しかし、少なくとも私が調べた範囲では、「なぜ海保にUS-2飛行艇はないのか。」という最初の疑問に対しては、最も納得できる答えにたどり着くことができた。
 最初は、一機の飛行艇の話だと思っていた。
 しかし調べてみると、見えてきたのは一機の飛行艇ではなく、日本の海上保安能力という、一つのシステムだったのである。

 −了−

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