抜擢の代償 ―23歳、私は管理職になった第2話「誰も助けてと言えなかった店」
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壁
二週間もすると、「わかったふり」はすっかり体に馴染んでいた。
発注、シフト、クレーム対応。相談されるたびに、口からは「大丈夫です」「それで進めてください」が反射的に出た。夜、家に帰ってから答え合わせをする。マニュアルを開く指先が、いつも少し急いていた。
分からないと言えば楽になる。頭では分かっていた。それでも言えなかった。言おうとすると、喉の奥が固く閉じるような感覚があった。
一人でいることを選んだ
休憩スペースからは、いつも笑い声が漏れてきた。子どもの学校の話、旦那の愚痴、近所のスーパーの安売り情報。
「店長も一緒にどうですか」
最初の頃、何度か声をかけられた。そのたびに、胃のあたりがきゅっと締まった。
「大丈夫です、ちょっとやることがあるので」
そう言って、事務所の隅でパソコンに向かうふりをした。画面には、特に意味のない数字の羅列が表示されていた。
本当にやることがあったわけじゃない。あの輪に入って、もし何か業務の話を振られたら――また「分かったふり」をしなければならない場面が増えるかもしれない。そう思うと、怖かった。
もっと言えば――休憩中まで、値踏みされているんじゃないか。仕事のできない店長だと思われているんじゃないか。そんな考えが、頭の奥にこびりついて離れなかった。
だから私は、人のいない場所を選んで昼食をとるようになった。バックヤードの隅、駐車場に停めた車の中。エンジンをかけずに座っていると、夏でも冬でもない中途半端な温度の空気が、車内にじわりと満ちていくのが分かった。
誰にも強いられたわけではない。ただ自分の手で、自分の孤独を、一段深く掘り進めていた。
崩れていく音
一か月が過ぎる頃、バックヤードには段ボールが積み上がっていた。発注のタイミングを一つずつ見誤った結果が、通路を塞ぐほどの山になっていた。
売り場も、以前ほど整っていなかった。誰かが崩した商品の山を、誰も直さない。出しっぱなしの備品を、誰も片付けない。
誰か一人のせいではなかった。ただ、店全体を貫いていた「きちんとする」という空気の糸が、一本、また一本と切れていくのが分かった。
週に一度巡回に来るエリアマネージャーの眉間の皺が、回を重ねるごとに深くなった。
「直井、このバックヤード、ちょっとひどくないか」
「先月よりも、明らかに悪くなってる」
「すみません、すぐに改善します」
頭を下げるたびに、その言葉が自分の耳にも空々しく響いた。何をどう改善すればいいのか、根本のところで分かっていなかった。段ボールを片付けても、翌週にはまた同じ高さまで積み上がった。
問題は在庫の量ではなかった。店を動かしているはずの自分が、誰の力も本当の意味で借りられていない。分かったふりを重ねるほど、周りとの間の壁は厚くなり、助けを求める声の出し方すら、分からなくなっていた。
「前任の店長なら」
その比較の声は、もう頭の中から消えなかった。
そして、この崩れかけた店の空気の中心に、佐藤さんの視線があった。以前は真っ直ぐに私を見ていたその目が、いつからか、少し伏せられるようになっていた。
