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今日も私はAIの下請けをしている

今、創作noteとの統合作業を進めています。まなみです。
みなさんこんにちは。

投稿作業って虚無ですね。飽きました。
私はただ文章を書きたかっただけなのに……って、ふと思うのです。

というのもね。
結局、「文章を書く!!」とか息巻いたところで、
どうせまたAIに「こういう文章書いて!!」って言うのですよ。

するとAIは、「任せてください!」などと笑顔でのたまって、
1000文字くらいの整った文章を生成してくれるのです。

毒はなく、薬にはなって、PREP法に準えた、タメになる文章。
そして文末では、私がなんらかの“成長”を誓うのです。

──今回で言えば、
「AI任せにばかりせず、もっと自分で文章を書いていけるようになりたい」
とかそれっぽい文章で〆てくれるのですよ。

 

ふんふん、ほんで?

そんな毒にも薬にもならんような、無味乾燥の文章に、
GPT-5様のSEO対策を組み込み、
AIで生成したへんな画像をサムネに設定して、
AIが設定したタグをコピペして更新。

 

──あれ?
これ、私である意味ある?

今、そう思いました。

 

いやまあ、ついつい楽に流されるのが人間なので、
それはもう別にいいとは思うのです。
SEO対策なんかはAIに任せときゃいい。
そういう、煩雑で楽しくない作業は
まるっとAIに押し付けたい。

そう。それが人間のはず。

ところが今はどうだ?

私は、「それで食っていきたい」とかつてのたまいまでしたくらい
好きだった文章作成の部分をAIに差し出して、
自分は画像生成をお願いしたり、
コピペとか地味で煩雑な作業をしているのですよ。

AI様が生成した整った美しい文章を世に出すために、
私はGPTに素材やアイデアを与えている。

──何だこれは。一体。

 

アイデアだけじゃない。
そりゃ私も、文章書きの端の、端の、端くれではありますから、
時たま、文章もこうやって突発的に書きます。

構成も言い回しも考えていない、むき出しの文章です。
整ってはいないが、勢いだけはあるようなやつ。

それを体裁を整えてAIに渡す。

そして、きれいに整い、
過激な言い回しは無難な内容に差し替えられ、
下ネタは消され、
強調したくて重ねた表現は「冗長」認定される。

こうして、誰が見ても無難で、
残るんだか残らんのだか、目的もよくわからん内容になっている。

 

それでも、売れりゃまだいい。
結局、収入が欲しくてやってるんだから。

ところが。

無難で、尖ったところをやすりやすって、
なめらかで、躓くところのない優しい文章。

──そんなものが、誰かの心に引っかかることは、
まあ、基本的にはないわな。

 

とはいえ、優れた文章なんて私は書けません。
常に自分の文章力は最低だと思っている。
noteで一番文才がないのは、私です。

AIに書かせた方が、
そりゃいいものが書けるだろうことは、火を見るより明らかです。

 

でも──

それって、私のやりたいことなのか?

ということは、常に問い続けなければいけないのかな、と思う次第でありました。

っていうか、
GPTに整えさせて売れないなら、
自分で書いた方が楽しいぶん、マシだと思う。

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