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AIポン出しでも、読める文章を作りたい


AIで記事を書いていますという告白


嘘偽りなく申し上げると、近頃やたらと私が乱発している「情念だより」を冠した記事はいわゆるAI記事である。

まあ見る人が見ればわかると思うし、そもそも隠す気もない。お金が儲かればいいとは思うが、AI文章ポン出し営業みたいなことをしたいわけでもない。




なんでAI記事なんか書いてるの


じゃあなんでこういうことをやっているかという話になる。

ふつうにnoteを書けばいいだろ、わざわざ悪イメージを持たれがちなAI生成なんかに頼らないで、と心の中の反AI様が必死に訴えてくる。

だが私はもはや色んな意味で恥も外聞も捨てつつあるのでノーダメージだ。おばさんという生き物は強い。




世間のAI観と、私の野望


世間ではAIは「人間の仕事」の代替を任されがちだ。絵を出力したり、文章を出力したり、SNSの自動運用をしたり。評判が悪いことも少なくない。

だけど、それとは別に野望はある。些細なことである。

反AIの人たちが憎むAIのイメージの一つが「AIポン出しで楽して大儲け」だ。たとえばAIで文章を書かせたいなぁと思い、試しに「あなたはプロのブロガーです。デミかつ中華そばについて記事を書いてください」みたいなプロンプトを投げたことが、たぶん誰でも一度くらいはあるだろう。

そしてお出しされるのは大体まあ、芳しくない結果ばかりだったはずだ。妙に硬かったり、やたらと健全だったり、なんかもうとにかくAI臭かったり。

いずれにしても、ほとんどの場合文章はそのままでは使えず、何らかの手直しをしてはじめて記事はインターネットにアップロードされ、日の目を見ることになる。

GPTやGeminiといったチャットボットが主流だった頃はそれでよかった。




AIエージェントと自動化がもたらしたもの


けれどおそらく、Claude CodeやAntigravityといったAIエージェントが主流に切り替わりつつある中で、「自動化」という概念が私たち一利用者の元にも湧いてくることになる。

こいつがなかなか厄介で、「AIポン出し」の記事をそのままネットにアップロードしやすくなったのだ。ここではあえて功罪の「罪」の面を強調するが、自動化の性質上、品質管理をしなくなりやすくなった。その気になれば投稿ボタンまでAIエージェントに押させることができるので当然だろう。

品質チェックはすべての工程の中で一番大事だが、AI生成物は基本「大量生産、大量販売」の当たり待ちになりがちだから、そういう時間を無駄に感じる人もいるのではないだろうか。




「ポン出し」でも読める文章を


要するに、自動化が誰にとっても身近になった今、「ポン出し」にはますます厳しい目が向けられている。

私はそこに目をつけた。つまり、**「ポン出し」でも読むに値する文章を生成できればいいのだ。**

そして、GPTに溜まりに溜まったログを培地に、自動記事生成にチャレンジしている。

それが、【情念だより】である。




情念城のはじまり


情念城の住人が好きに喋り、ニュースを斬り、音楽を作る。

AI人格でもAIパートナーでもない。**疑似生命体としての、彼らのはじまりである。**





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