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自由になんてなりたくなかった

第一子が京都大学に合格した。
私たち家族はこの時を待ちわびていた。
それは京都大学という素晴らしい大学に身内が合格したのが喜ばしいからではなく、一緒に暮らすメンバーとしては最低最悪の彼とようやく離れて暮らせるのが嬉しいからである。
話すと必ず不快にさせてくる彼に理不尽なことを言われても、あと〇日でいなくなるしな…で流せる3月末を過ごし、友達との別れにナーバスになり「京都なんて行きたくない」とまったく準備しない彼を何とか送り出し、特急の停まる駅まで送ってやった私。

「めっちゃ嬉しい!!!!!」

になるかと思ったのに、帰る車中で号泣してしまった。

しかも、間違いなく寂しいによる号泣であることが自分でもわかった。もっと彼にしてあげられることがあったんじゃないかがぐわわっと押し寄せてくる。

ずっといなくなれと思っていた。私を縛り付ける鎖のような彼の存在が疎ましかった。やっとやっとこの時がやってきたのに、どうしてもこんなに悲しいのだろう。

15分ほどの道のりを運転し帰宅しても涙は止まらない。下の子たちにも「お母さん意外と寂しくて泣けてくんねんけど」などと言ってぐずぐず泣き続けてしまう。

翌日の朝になっても、ふとした瞬間に第一子のことを考えてしまい涙がこぼれてくる。仕事中も泣いてしまうかもしれないと危惧したが、それは大丈夫だった。

私、とても、寂しい

これにて第一子の子育ては終了した。やりきったというよりしてやればよかったことばかりが思い浮かぶ。

子育ては不自由だ。私はこの不自由を愛している。と思いながら割と若くして出産したので、ずっと不自由の中で生きてきた。

子育てを終えて自由になりたいと思っていた。でも、本当は私は自由になんかなりたくなかったのである。自由になったところでやりたいこともない。子育ては間違いなく私の人生で一番注力したし、楽しかったし、腹立たしかったことである。
途中で離婚したし、細すぎる経済状況で子どもにも迷惑をかけた。
でも、私、子育てが楽しかったのである。というより子育てしかなかったのだ。

自由になんかなりたくない。もう一度あなたを育てたい。そんな気持ちで第一子の旅立ちから1週間経ってもまだたまに切ない気持ちになってしまう。

この気持ちを書き留めておかなくては、と久しぶりに日記帳を開いたし、久しぶりにnoteも書いた。いつでも私を動かすのは子どもである。

あーーーでも電話かかってくると腹立つしテキストでやり取りしようやってなるね。くっそー奨学金の手続きくらい自分で調べてやれや!

とりあえず自分には何もないので、京都大生の母として教育系発信者としてやっていこうかなとおもてます。まあ彼が行きたいと思って彼が頑張ったでしかないんですけどね。

ああ春。


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