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年齢で人生をあきらめていたのは、たぶん自分だけだった

海外に出ると、
語学力とか、段取りとか、
そういう“できる・できない”が
いったん全部"むき出し"になります。

聞き返される。
変な顔をされる。
注文をまちがえる。

日本にいるときなら、
ちょっと恥ずかしいことが、
海外ではわりと毎日ふつうに起きる。

でも不思議なのは、
そんな自分のほうが、
ちゃんと生きている感じがしたことでした。


完璧じゃない自分は、意外と嫌われない

僕は昔、
「できない自分」を見せるのが苦手でした。

英語が詰まる。
地図が読めない。
店でうまく伝わらない。

そういう瞬間に、
自分の価値まで下がった気がしていた。

でも旅先では、
まちがえても助けてくれる人がいた。

笑って待ってくれる人がいた。

なんとかしようとしている姿勢だけで、
会話が成立することも多かった。

そのとき気づいたんです。

恥ずかしかったのは、
できないことじゃない。

できない自分を、
自分が勝手に恥じていただけだった。

完璧じゃないことは、
案外、世界ではそこまで問題にならない。

むしろ、
そこで止まらずに動くほうが
よほど人間らしい。


幸せは、値段じゃなくて、温度で決まる

高級ホテルの朝食より、
川辺で飲んだ一杯のコーヒーが忘れられない。

そういうことが旅では起きます。

設備がすごかったわけでもない。
映える場所だったわけでもない。

ただ、
空気がよかった。
光がきれいだった。
そのときの自分に、ちゃんと合っていた。

日本にいると、
つい“いいもの”を
値段や肩書きで判断しがち。

でも海外では、
その物差しが崩れます。

高いから満たされるわけじゃない。
有名だから残るわけでもない。

心に残るのは、
自分の感覚が動いた瞬間です。

幸せって、
集めるものじゃなくて、
出会うものなのかもしれない。


年齢で人生を区切っていたのは、自分だった

海外では、
年齢の使い方が自由な人によく出会います。

60代で世界一周している人。
70歳で恋をしている人。

それを見ていると、
「この歳でそれをやるの?」
という感覚のほうが古く見えてくる。

日本では、
年齢はわりと意識されやすいと思う。

何歳までにこれ。
この年齢ならこう。
もうその歳なら落ち着くべき。

でも海外で出会う人たちは、
そんな空気をあっさり越えてくる。

その姿を見て気づいた。

年齢が限界なのではなく、
年齢を理由にして"動かない自分"がいただけだった。


まとめ

海外で見ることができるのは、
新しい景色だけじゃありません。

完璧じゃなくても生きられること。
幸せはモノより瞬間でできていること。

年齢は限界じゃなく、
ただの数字にすぎないこと。

そういうことを、
頭ではなく、体で知る機会だと思ってる。

海外で僕が好きになれたのは、
うまくできる僕じゃなかった。

まちがえても、笑われても、
疲れても、また動ける僕でした。

たぶん人は、
完璧になったときよりも、
不完全なままで前に進けたときのほうが、
自分を信じられる。

海外ではそのことを、
僕に教えてくれた気がします。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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