スマホを置いて歩いた日、やっと自分の声が聞こえた
心が乱れるときって、
たいてい大きな出来事が起きたときじゃない。
むしろ逆で、
毎日がふつうに流れているのに、
なぜかずっと
落ち着かないときのほうが厄介。
誰かに何かを言われたわけでもない。
失敗をしたわけでもない。
それなのに、
心の中だけがずっと騒がしい。
人の反応が気になる。
ついスマホを見る。
見たあと、余計に疲れる。
海外で暮らしたり、
旅をしたりする中で、
そういう自分に何度も出会った。
そしてそのたびに、
意外なくらい地味なことで
心が戻ってくることも知った。
外を歩くこと。
スマホを置くこと。
ひとりでいること。
たったそれだけで、
ああ、
自分はこんなに疲れていたのか、と
あとから気づく日があった。
すごい方法じゃない。
でもたぶん、
本当に心を助けるものって、
だいたいそういうものなんだと思う。
1.歩くことは、「考えることをやめる」ためにあった
海外にいると、僕はよく歩きます。
目的地が少し遠いとか、
道がわかりにくいとか、
なんとなく空気がよくて、
もう少し先まで行ってみたくなるとか。
理由はいろいろだけど、
とにかく歩く時間が増える。
最初は、
それを「ただの移動」だと思っていた。
でも、ある日気づいた。
歩いているあいだ、
私は少しずつ“元に戻っている”。
何かを解決しようとしているわけじゃない。
前向きになろうとしているわけでもない。
ただ歩いているだけなのに、
頭の中で絡まっていたものが、
少しずつほどけていく。
家の中で考えても答えが出ないことが、
歩いているうちに、
どうでもよくなったりする。
あるいは、
答えが出るわけじゃないのに、
「まだ答えが出なくてもいいか」
と思えたりする。
心が整う、
という言葉は少しきれいすぎるけれど、
少なくとも歩いているときの私は、
人に見せるための自分じゃなくなっていた。
それで十分な日がある。
2.スマホを置いたら、世界は意外と静かだった
疲れているときほど、
スマホを触っている。
何か見ていたいから。
気をまぎらわせたいから。
置いていかれたくないから。
でもたいてい、
見終わったあとに疲れている。
何かを得た感じはしないのに、
気力だけ減っている。
そんなことがよくあった。
海外で、
スマホをバッグにしまったまま
しばらく歩いた日がある。
空を見た。
建物の色を見た。
知らない言葉を聞いた。
風の向きまで、ちゃんとわかった。
そのとき思った。
自分は情報じゃなくて、
静けさに飢えていたんだな、と。
誰かとつながることは大事。
でも、それより先に
自分とつながっていないと、
何を見ても、どこか空っぽになる。
スマホを見ない時間は、
何もしていない時間じゃなかった。
むしろ逆で、
自分を取り戻していく時間だった。
たぶん、いま必要なのは
たくさん知ることじゃなくて、
情報を閉じることなんだと思う。
3.ひとり時間は、さみしさではなく「回復」だった
昔は、
ひとりでレストランに入るのが少し苦手だった。
ひとりで歩くのも、
ひとりで過ごす夜も、
どこか「足りていない時間」に思えた。
だれかといれば、
もっと楽しいのかな。
そんなふうに考えていた時期がある。
でも海外では、
ひとりでいる時間が増えた。
ひとりで散歩する。
ひとりでカフェに座る。
ひとりでごはんを食べる。
そのうち、
ひとり時間の意味が少し変わってきた。
それは孤独じゃなくて、回復。
誰にも合わせなくていい。
会話をつながなくていい。
機嫌よく見せなくていい。
そういう時間の中で、
静かになる部分が自分の中にあると知った。
人といるときの自分も好きだけど、
ひとりでいるときにだけ戻れる自分もいる。
その存在を知れたのは、
たぶん旅のおかげだった。
4.「整う」は、前向きになることじゃなかった
心が整うというのは
もっと前向きになることだと思ってた。
落ち込まないこと。
気持ちを切り替えられること。
でも、実際は少し違った。
歩いても、
スマホを置いても、
ひとり時間を過ごしても、
急にポジティブになるわけじゃない。
悩みが消えるわけでもない。
現実が変わるわけでもない。
ただ、
少しだけ静かになる。
その“少し静か”が、
思っていた以上に大事だった。
心が整うというのは、
人生が好転することじゃない。
自分の中のノイズが少し減って、
「自分の声が聞こえる状態」
に戻ることなんじゃないかと思う。
大丈夫じゃないなら、大丈夫じゃない。
疲れているなら、疲れている。
今はひとりになりたいなら、そうすればいい。
そういう当たり前のことが
やっと見えるようになる。
整うって、
たぶんそれくらいでいい。
5.海外で学んだのは、心には“余白”が必要だということだった
海外で得たものを聞かれたら、
昔なら、景色とか経験とか、人との出会いとか、
そういう答えをしていたと思う。
もちろんそれも本当。
でも今なら、
もう少し別の答えをする。
余白のつくり方を知った。
それが、いちばん大きい。
歩く余白。
見ない余白。
話さない余白。
ひとりでいる余白。
私たちは、
何かを足すことには熱心だけれど、
何かを減らすことには少し不安がある。
予定を減らす。
情報を減らす。
刺激を減らす。
つながりを減らす。
でも、心って
その減らしたぶんだけ息をしはじめる。
海外での時間は、
そのことを体で教えてくれた。
心を整えるのは、
すごい習慣じゃない。
立派な考え方でもない。
ほんの少し、
自分の内側に戻れる時間を持つこと。
それだけで、
人は案外ちゃんと立ち直れるんだね。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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