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【足利百名山回想録】駒戸山・弁天山

1月の寒い朝。機は熟した。足利百名山№3駒戸山と№4弁天山への周回ルートにいくことにした。名草イワナパークの先から奥に伸びる道を進む。登山とかやっていなければ決していくことのない道である。1月の極寒期、夏の間賑わっていた避暑地の施設は営業を行っていない。ただでさえ山間の、陽射しがあまり届かない駐車場とその周辺は、防寒着を着ていても刺さるような寒さである。ひたすら寒気を覚えるのは、その寒さからなのか、それともこれから僕が向かおうとしている二つの山への身震いのような高鳴る高揚感からくるものなのか。

足利百名山をいつくか進むうちに、どうしても覚悟のようなものを決めて行かなければならないと、思う場所がある。他の人はどう感じているのかわからないが、少なくても僕はそう感じていた。そもそも登山なんてやったことがない初老の男に、そんな覚悟があるのだろうか、と思ってしまうのだが。同行者や、行程を指南してくれる仲間でもいれば違うのかもしれないけれど、僕の頼りはいくつかの動画サイトでの情報と、登山アプリからの情報、そしてそこを元とするGPSだけが頼り。ある程度の行程を知る事は出来ても、最後に背中を押すのは自分の決断だけでしかない。それが行ったことのない所なら尚更。山が深ければ深いほど、勇気を振り絞らなければならない。たかが登山、されど登山。里山をのんびり散策とは、少しだけ違う感覚。

「やっぱり止めようかな」と思いたかったのかもしれない。けれどここまできてそんな言い訳のような理由付けなど出来ない。誰もいない山の中。そしたらもう行くしか選択肢はない。何をビビッてるんだ?いつもどおり歩き出せばいい。ただそれだけだ。

林道を進んで、取り付き口へと進む。予習はしてある。たぶんここだ。けれどここって道なのかな?あってるのかな?確認しようにもアプリの軌跡もはっきりしない。どうしてもそう思ってしまう局面が足利百名山にはある。不明瞭なのは承知の上で、それでも実際そこに行ってみるとなんとなく踏み跡があったりしてホッとしたりもするのだが、全てにおいてそうなる訳ではない。経験に頼りたくてもそこに依存出来るほどではない。むしろ依存しないほうがいいことくらいわかっている。山を舐めてはいけない、ということはそういうこと。

登山アプリとGPSを見比べながら場所を確認してもなんだかしっくりこない。結局仕方なく、すこし先まで進んでみようと思う(最初にここかな?と思ったところがそこであっていたのだけれど)。程なくしてようやくここから行けるって思えるところにたどり着いた。念の為、アプリで足跡を確認した。そうだここからだ、ここから行こう、と思う。

見渡す限りの杉林針葉樹林。それ自体は凛として美しく立ち並ぶものである。凍てつく極寒の、人気(ひとけ)のない山の中、樹林帯の美しさのみが際立つ。道なき道を登り始めた僕は、時折視線をあげ、周りを見渡すたびに、なんてところに来てしまったんだと思う。前を見ても、後を振り返っても、真っ直ぐに立ち並ぶ杉林の森。何度もこのような光景を見てきたはずなのに、今日僕が目の当たりにしている光景には、ちょっと特別なものを感じてしまう。

ようやく最初の尾根に辿り着く。一転して目の前に広がる青空に安堵の気持ちを抱く。あそこに見えるのがこれから行こうとしている駒戸山だろうか。少しだけ休憩を取り、身支度を整えて、さらに続く急登を再び登り始める。少しだけ高度が上がったせいか、日差しが樹林帯に差し込むようになった。木々の隙間から眩いばかりの光が、幾つも差し込んでくる。そんな光景を目にする度、立ち止まっては写真を撮ったり、その美しさに息を呑んだりしているので、なかなか思うように先に進まないのは、仕方のないことなのだろう。まだ今日の行程は始まったばかりだっていうのに。

何もないはずの山の中に祠があったり、人の手が施された建造物があったりするとホッとしたりする。登山道がなさそうでも少しだけ踏み跡があったり、今は誰もいないだけで、実は何度も人の往来があったという痕跡は嬉しいものだ。何かを求めてそこに来たというのが、少なからず残っているのは、そこに行く意味があるということに繋がるのだから。

いくつかのアップダウンを繰り返しながら、ようやく駒戸山への直接的な登りに到達した。ここまで来ればもう着いたようなものだ。そう思ってみても、最後の登りは割と急坂で、簡単には攻略させてもらえない。登山とはそういうものだ。わかっていても、やっぱり最後はキツイなあと思い知らされる。

かつて城を構えていたという山頂は、すこしだけ平坦でそれらしき面影のあるところ。山名板を確認した後に、しばし休憩をとる。足利百名山№3という高位置に君臨しているところとはいっても、眺望がひらけたところでもなく、いつもどおりの木々に囲まれた森の中という印象。でもそんなことはわかっているし、どうでもいい。ここに辿り着くことが全てで、来る為の行程こそが僕の達成感であるわけだから。

休憩を終え、次なる目的地「弁天山」へ向かう。駒戸山から弁天山へのルートは登山道はあるもののメジャー感の薄い破線ルート。稜線上を歩くとはいえ、GPSで確認しながらでないと道迷いの危険はある。途中「奥駒戸山」を経由するのだがちょっとした勘違いでルートを外れてしまった。こういう時、間違った道を歩いているという感覚はない。踏み跡を辿って進んでいった結果、途中で気がつくのだ。足利百名山を歩いていると、こういう道迷いは何度もある。逆に言えば、GPSがなければ歩くことはないだろう。道を間違ったことに気がつき、来た道をすこしだけもどって軌道修正。正規のルートから一度車道に出る。少しだけ車道歩きをした後、再度登山道へ。予習してあったとおり、足利百名山お約束の「藪漕ぎ」へと突入。

足利百名山を攻略するのに藪漕ぎは不可欠であることは、全てにおいて共通認識である。今回の山行きにおける藪漕ぎも例外ではない。ルートが間違っていないのはGPSで確認している。にもかかわらず目の前には割と背の高い竹藪が広がっている。極寒機なので多少枯れている状態ではあるが、誰がどうみてもこれこそが藪であるのは一目瞭然。冬になったら薮が消滅する訳ではなく、夏時期より少しだけ歩きやすいというだけのこと。何度もこういう光景は見てきた。怯むことはない。迷わずそこに突っ込んでいく。道が間違っていなければそれでいいのだから。

少し歩いてはルート確認をする。藪の中を歩くとどうしても少しずつ歩きやすい方向にシフトしていってしまうからだ。ここの藪ゾーンは割と長く感じたのは、思った以上に背丈が高い故に先がよく見通せないからである。

ようやく藪ゾーンを越えて少し進むと、どうみても人工的に掘削されたような大きな石の塊に遭遇する。ここが名草巨石群上の石切場跡地であることは容易に想像できるというものである。先人達の残した歴史的痕跡を目の当たりに出来ること、これもひとつの山歩きの楽しみでもある。

石切場跡地を経由した後、それほどきつい傾斜があるわけでもない山道を進むと、割と広々とした山頂に辿り着いた。弁天山である。その名の通り、名草厳島神社(名草弁天)の上に位置する山であり、足利№4の標高を誇るところだ。ここはメジャーな名前とは裏腹に、足利市内に於いても割と深いところに位置する。冬空の下、ここに辿り着いたときに思ったより天候に恵まれ、陽も差し、少しだけ暖かく感じると、深い山の中にいることを忘れてしまいそうになる。それでも山頂は、雪こそないけれど、冬の装いそのままに、落ち葉に覆われた世界。今日の山歩き行程のなかで、少しでも暖かい陽射しを感じることが出来ると、早朝の凍てついた寒さのなか歩き始めた時の緊張感は完全に溶けてしまっていて、柔らかな空気に包まれる穏やかな時間へと変わっていた。

弁天山から名草厳島神社へ下る道は、途中不明瞭になってしまった。道を間違えたわけではないけれど、いつしか落ち葉の山積する道のような急坂を転げ落ちるように下っていた。これが登りの急坂なら途端に悲鳴をあげてしまいそうになりそうなところであったが、今日の行程で2座山頂に到達した後であれば、この程度の下りは然程困難ではなく、むしろ楽しんでしまっているかのようだ。

ようやく急坂を終え、神社へと向かう道に出る。以前、名草厳島神社に下から登ったことがあって、その先に進む道を見た時、ここを行くことなんてできるのかなと思ったけれど、今回はその逆で、さらにその上から降りてくることになるとは、想像することも出来なかった。

道を進むと少しずつ人とすれ違うようになる。それはかつて僕が下から神社に向かった時のように、山歩きをするというよりふつうに神社を巡る人々である。あの頃の僕は、この日の自分が歩いた道を歩くことになるなんて想像し得ないだろう。人はどう変わっていくか、誰にもわからない。ずっと同じことをやり続けるより、変わりながら自分を作っていく、むしろそのことが、変わらない自分でいられると思うようになって、ようやくたどり着けたことだと思うから、僕は心が自由でいられると思えるのだ。ひとりぼっちの山の中、孤独に苛まれながら歩いているようで、実はそれほど辛く苦しいものではない。大変なのは体力的なものだけで、こころは自由そのもの。道を間違えてヒヤッとすることはあっても、空を見上げれば、ぼくは自由だと確信できる。だからまた山にいきたいって思うのだろう。

またいつかここに来たい。

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