オタ活①にっぽんワチャチャ
第一話 前から尻が見えた女



ワイが鈴木Mob.を知ったのはコロナ禍だった。
世の中はマスクをしていた。
ライブハウスは声を出すなと言われ、酒を飲むのにも時間制限があった。
みんな少しずつおかしくなっていた。
そんな時、SNSにもっとおかしな女が流れてきた。
場所は大阪の樽井ビーチ。
前から尻が見えた。
意味が分からないだろう。
安心してほしい。ワイにも分からなかった。
ただ、その女の名前だけは覚えた。
鈴木Mob.。
にっぽんワチャチャというアイドルグループのメンバーだった。
その時は、自分が数年後に日本武道館でこの女の卒業を見届けることになるなんて、もちろん知らなかった。
人生の入口なんて、だいたいそんなものだ。
立派な理由なんかない。
ワイの場合は尻だった。
実際ににっぽんワチャチャの現場へ行ったのは2021年11月だった。
近くで見るMob.はちゃんと可愛かった。
正統派と言っていい。
ところが喋らせると、ちっとも正統派じゃない。
頭の回転が速い。
関西弁で誰かの話を拾って、横から一発入れる。
ワイはずっと、Mob.はメインMCより二番手に置いた方が面白いと思っていた。
サッカーならトップ下。
野球なら二番打者。
主役から半歩引いた場所にいる時、この女はやたら強かった。
誰かがボケる。
Mob.が拾う。
誰かが滑る。
Mob.が救う。
何もなければ、自分を落として笑いにする。
頭のいい人間にしかできない自虐というものがある。
自分を安くするんじゃない。
自分を一瞬だけ道化にして、場を高くするのだ。
そういうところが好きだった。
最初は顔だった。
もっと正確にいえば尻だった。
でも最後まで見ていた理由は、たぶん頭だった。
人間とは勝手なものだ。
それから三年以上、ワイはMob.を見た。
その間にワイもすっかり地下アイドルのオタクになった。
別の現場にも行った。
カメラを回すようになった。
YouTubeまで始めた。
いろんな女に会った。
あとで千円を巻き上げてくる女にも会うことになる。
だが、それはもう少し先の話だ。
最初はMob.だった。
2025年3月31日。
日本武道館。
Mob.が卒業した。
ワイにとっても、それが最後のにっぽんワチャチャだった。
泣いて引き止めようとは思わなかった。
戻ってきてほしいとも思わなかった。
終わるものは終わる。
最後まで見届けられたなら、それでいい。
たぶん父親が娘を送り出す時も、少しはこんな気分になるのだろう。
ワイには息子しかいないので、本当のところは知らない。
ただ、妙な縁だけが残った。
Mob.のお父さんとお母さんとは、今でも時々SNSで連絡を取る。
アイドルを推していて、そのアイドルが卒業したあとに両親との付き合いが残る。
そんなことがあるとは思わなかった。
人生はたまに脚本を雑に書く。
コロナ禍。
樽井ビーチ。
前から尻が見えた女。
そこから始まった縁が、武道館を通り過ぎて、今もまだ細く続いている。
だったら、あの動画を見たのも悪くなかった。
いや。
悪くなかったどころじゃない。
あの尻がなかったら、今のDJワイはいない。
そう考えると人生というのは、ずいぶんくだらないところから始まる。
そして、くだらない始まりほど、あとになって大切な思い出になったりする。
鈴木Mob.。
ワイをオタクにした最初の女。
ワイにとっての地下アイドルは、ここから始まった。
前から尻が見えたところから。


