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練習で強い奴と、試合で強い奴。

柔道を本気でやって分かったこと

私は8歳から10年間、柔道をやりました。

5歳の頃から3年ほどMMAをやって、その後柔道へ。18〜19歳の頃には、またMMAを少しやっていました。

いわゆる柔道ベースのレスラータイプです。

そんな私が格闘技をやってきて思うことがあります。

練習で強い奴と、試合で強い奴は違う。

そして、格闘技にとって何が一番大事なのかと聞かれたら、私は即答で「フィジカル」だと思っています。

ただ、ここで言うフィジカルは単純な筋力の話ではありません。

私はもっと広い意味で捉えています。

柔道ではよく「投げ感」と言ったりします。

私が格闘技でも、人生でも大切にしているのが、

「当て感」「投げ感」「勝負感」「体感」「体幹」

です。

感覚というと、センスや才能のように聞こえるかもしれません。

でも私は、ある程度までは後天的に手に入るものだと思っています。

そのために必要なのが、まずフィジカルです。

感覚を得るために、幹を鍛える


感覚は、ある日突然やってくる

格闘技の成長は、綺麗な右肩上がりではありません。

昨日1%上手くなって、今日また1%上手くなって、自分でも成長を実感できる。

そんな単純なものではないと思っています。

何度も組む。

何度も投げる。

何度も投げられる。

何度やってもよく分からない。

それでも繰り返していると、ある日突然、

「あ、これか」

となる瞬間があります。

昨日まで分からなかったものが、次の日にはなぜか分かる。

別に誰かに新しいことを教えてもらったわけでもない。

寝て起きたら、勝手に自分の中で何かが繋がっている。

格闘技は、たまに深夜に強制アップデートされます。

そして一度アップデートされると、それまで難しかったことが急に簡単になります。

むしろ「なんで今までこれが分からなかったんだろう」とすら思う。

これが、私の言う「感覚」です。


頭で分かることと、体感で分かることは違う

例えば、所属の先輩。

柔道をやっていると、意外と所属の先輩には勝てなかったりします。

毎日一緒に練習していて、昔から自分より強かった人。

もちろん技術やフィジカル、相性の問題もあります。

ただ、それだけではありません。

「この人は自分より強い」

という固定観念が、自分の中に出来上がっていることがあります。

学生時代の一学年、二学年の差は確かに大きい。

身体の成長も違えば、経験値も違います。

でも、一年生から上級生を食っていく奴は普通にいる。

まして大人になれば、一歳二歳なんてほとんど関係ありません。

そんなことは言葉では分かっています。

「年齢なんて関係ない」

「先輩だから強いわけじゃない」

「肩書きなんて関係ない」

全部その通りです。

でも、

頭で理解していることと、体感で理解していることは全く違います。

実際に一回投げる。

一回勝つ。

一回「あれ、普通にいけるじゃん」を経験する。

大きい試合で勝ってレコードを残す。

その瞬間に、自分の中にあった序列が壊れたりします。

私も、中学2年生の新人戦で結果がでたその後から、自分の中での序列が完全に壊れました。


突破口は、意外なところから来る

面白いのは、そのアップデートが必ずしも正面から起きるわけではないことです。

ずっと勝てない相手がいる。

何度やっても同じ形になって、同じところで止められる。

ところが、他所の選手とやった時に、たまたまその人と似たタイプの選手に当たる。

そこで何気なくやった形がハマることがあります。

「あれ?これいけるんじゃない?」

そこで得た感覚を持ち帰って、今まで勝てなかった相手に試してみる。

すると急に突破できたりする。

あるいは本当に何でもない練習中に、

「こうすればいいんじゃないか」

と、ふと思いつく。

そして一回突破すると、今まであれだけ苦労していたのが嘘みたいに簡単になる。

昨日まで難しかったことが、今日から当たり前になる。

だから私は、感覚は「教わって覚える」というより、膨大な経験のどこかで突然繋がるものだと思っています。

勝負感も同じです。


練習で強い奴と、試合で強い奴

私は練習では、そこまで強いタイプではありませんでした。

そして意外と、本当に強い選手ほど毎日の練習を常にフルスロットルでやっていなかったりします。

もちろん、練習からガチガチに強くて、試合でもそのまま強い選手もいます。

でも、

練習で強いからといって、試合で勝てるとは限りません。

練習仲間なら、お互いの手の内を知っています。

得意技も知っている。

組み手も知っている。

癖も知っている。

試合は違います。

普段交えていない相手と向き合って、限られた時間の中で相手を見て、警戒して、一瞬のチャンスを取らなければならない。

狩り時。

投げ時。

当て時。

「今だ」と判断して、そこで行けるか。

これが勝負感だと思っています。

勝負感は、言葉で教えられてそのまま身につくようなものではありません。

練習と試合を繰り返しているうちに判断が無意識化されて、ある日突然、

「ここで行けばいいんだ」

が分かるようになる。

上手い人の説明が、たまに異常に雑なのもこれだと思っています。

「ここで投げればいいじゃん」「持って投げろ」

「殴って、組んで、倒して、極めればいいじゃん」

本人には本当にそう見えている。

複雑なことを知らないから単純なのではなく、

複雑なことを大量に通過した結果、単純になっている。


武器がある奴は強い

そして私は、明確な武器を持っている選手は強いと思っています。

地力では少し劣っていても、ある程度の基本と勝負感があって、

「こいつにはこれがある」

というものを持っている。

得意なところまで持っていって、一気にフィニッシュする。

これは格闘技だけでなく、人生でも似ていると思っています。

意外と、一発だけならいけます。

一発だけ投げる。

一発だけ当てる。

一回だけ格上を食う。

人生でも、一回だけ狙い澄まして大きく当てる。

相性もある。

運もある。

たまたまハマることもある。

でも、

一発当てることと、当て続けることは全く違います。


単発と連発

一回勝つだけなら、色々なことが起こります。

でも何度も勝つ。

何大会も勝ち上がる。

何年間もトップに居続ける。

そこまで来ると、偶然では説明できません。

そして私は、上に行く過程と、上に居続ける過程では、必要なものの比重が少し変わると思っています。

上に行く過程では、オフェンスが大事です。

相手を食う力。

自分から仕掛ける力。

武器を押し付ける力。

一気にフィニッシュする力。

でも上に行けば行くほど、周りも当然強くなります。

一定以上のレベルになれば、みんな誰かを食えるだけの攻撃力を持っています。

そして自分が上に行けば、研究される。

警戒される。

狙われる。

そこで重要度が一気に上がってくるのが、

ディフェンスです。


私は、ディフェンスこそフィジカルだと思っている

フィジカルという言葉を聞くと、

パワーがある。

足が速い。

爆発力がある。

そんな攻撃的な能力をイメージする人が多いと思います。

でも私は、

ディフェンスこそフィジカルだと思っています。

組み負けない。

崩されない。

投げられない。

疲れても姿勢が崩れない。

一回攻撃を受けても、また自分の形に戻る。

MMAなら、テイクダウンを切る。

下になっても立つ。

相手の圧力を受けても、自分の動きを続ける。

疲れても判断力を失わない。

フィジカルは、自分の最大値を上げるためだけのものではありません。

自分の最低値を落とさないためのものでもあります。

一発当てる力も大切です。

でも上に行けば行くほど、

「一発食らっても終わらない力」

が必要になる。

上に行くにはオフェンス。

上に居続けるにはディフェンス。

そして、その両方を支えているのがフィジカルです。


結局、量をやるしかない

もちろん、練習は量より質だという考えも分かります。

質を上げて効率化できるなら、それに越したことはありません。

でも私は、

それは感覚を手に入れてからの話

だと思っています。

まだ何も分からない段階で「質」を求めても、そもそも何が質なのかが分からない。

まず量をやる。

何度もやる。

身体を作る。

幹を作る。

失敗する。

違う相手ともやる。

試合にも出る。

その大量の経験のどこかで、

投げ感。

当て感。

勝負感。

体感。

そういうものが突然繋がる。

そこで初めて、

「これはいらない」

「ここだけやればいい」

と削っていける。

そして、どれだけ勝負感があっても、その瞬間に身体がついてこなければ意味がありません。

「今だ」と分かっても、身体が動かなければ仕留められない。

技術を知っていても、疲れて出せなければ意味がない。

一発当てても、その後に全部食らっていたら勝ち続けられない。

感覚を身につけるためにも。

武器を使うためにも。

攻撃を受け止めるためにも。

それを何度も再現するためにも。

結局、私はここに戻ってきます。

「格闘技はフィジカルです。」

そして多分、人生もそんなに変わらないと思っています…

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