なぜ5回も結婚してしまったのか EP5
カヨと出会ったとき、レイコとはすでに終わっていたし、マキとは5年来の異性感ゼロの飲み友だった。
私はカヨの気質を思い、この2人の存在を開示しないことにしていた。
だが、カヨは静かに察していた。3人のなかで自分はどの位置にいるのか。
今思えば、ヨーコとヒトミの戦国時代、アヤコとの平安時代を経たあとは、カヨの “三国時代” だったと言えなくもない。
5. 打算で生きてる服屋の店員
マキほど珍奇な関係はない。
ドイツ駐在時代、マキのmixi日記を読んでいた。
帰国してから初めて会い、朝まで呑んだ。(またそのパターンか)
しかし何もなかった。
最初から恋愛対象「外」で、圏外のまま交友が途切れなかった。
なぜ対象外だったかというと、見た目が全然タイプじゃなかったから。(はっきり言いすぎ)
マキは女子向けアパレルショップの店員で、ぱっと見ギャル系だった(当時は)。私には北極圏くらい圏外だ。
ではなぜ交友が続いたのかというと、めちゃめちゃ面白い奴だったから。負けた、と思った。笑いのセンスで。(この私が)
マキは、仕事用のスーツを選んでくれる人でもあった。
いつしか私のスーツ買いに付き合うようになった。職業柄なのか、ファッションセンスもあきれるほどいい。
「あんたにはこういうのがいいよ」
と言って、裏地が花柄のスーツを着せてくる。
マキが選んだスーツを着用するようになってから、職場の同僚に「奥さん変わった?(笑)」とからかわれたものだ。
奥さんじゃねえし。(それより、奥さん変わった?って全然シャレになってないんですけど)
「でも似合ってますよ」と、女性社員からのウケはよかった。
互いに圏外なので、マキは私の女性関係には一切関知しない。
アヤコと結婚&離婚したときも、カヨと結婚したときも、マキにはいちおう話したが、笑けるくらい無関心だった。
カヨが家を出て行ったあと、Suica事件のことをマキに話した。
「マキのせいやぞ」
そのとき、マキがめずらしく反応した。
「マキのせいのついでに、マキをもらってくれない?」
は?
「30過ぎたし、そろそろ結婚したいんだわ」
は??(フォルテ)
もともと突拍子もないことを言う奴だったが、このときばかりは常識を疑った。
こいつは結婚というものを生活手段か何かと捉えているのか。段階とか手順とか過去の経緯とか、そして最も肝心な “気持ち” も、全部スルーなのか?
5年間圏外だった奴を今さら女として見れるわけない。いやそもそも、打算丸出しでそんな提案をしてくる異星人である。
マキのことは嫌いではない。むしろ好きだ。でもそれは、笑いとファッションのセンスへの好きでしかない。
「カヨぽん出てったなら、目黒のアパート空いたんだろ?」
は???(フォルティッシモ)
「もう西船飽きてんだよな」
今すぐ西船橋のアパートを引き払う勢いだ。
おまえは打算星人なのか?
2日後、マキは本当に転がり込んで来た。
カヨが戻ってくるかもしれないこのタイミングで。さすがにむちゃくちゃだ。カヨは戸籍上まだ妻だった。なのに、別の星の人が住み始めている。
マキのあまりに迅速な行動に、私は追い返す機を逸した。
ところが。
マキと居るのは思いのほか愉快だった。
面白いことを言う人が家にいる、というのは尊いらしい。
それに、30過ぎて少しは落ち着いたのか、マキからギャルっぽさが半減して生活者の顔になっている気がした。
マキはいろんなものをポイポイ捨てていく。
「こんなもんあるから家事が増えるんじゃよ」と言いながら、トイレの便座カバーを剥がす。「絶対使わんよな」と台所の道具類が一掃された。
生活とはこういうものだったのかもしれない。
何もなくていい。ただバカ話ができる相手さえいれば。
恋もムードも必要ない。束縛も監視も嫉妬もしない。
私のスーツを選ぶ人だった頃はわからなかったが、マキはなんでもない日常をなんでもなく過ごす人であった。
1年後。
マキは女児を出産する。
40にしてバツ4男の最初の子であった。
そしてマキを籍に入れた。
もうバツはつけられない。
これが私の真のスタートと思い、生まれてきた赤子に「一」と名づけた。
かず1歳のとき、私たちはスイスに移住し、13年後の現在に至る。
14歳になった長女と、親友のようにおしゃべりしている母親がいる。
「パパの私服ダサいよね」と笑いながら。
打算とは、当たり前を続けることだったのだろうか。
マキは最も愛した人ではない。最も優れた人でもないし、理解者でも影響者でもない。
そんな人と最も長く続いている。
かずを産んでくれたから?
たしかにそれはある。だが、それは本質ではないと思っている。
なぜ、マキだったのか。
私には私の答えがある。
あなたがあなただけの答えを持っているように。
5人目の妻マキとは現在進行形なので、私の女性史はここで筆をおくことにしよう。
(完)
あとがき
元妻たちにとって、私はとっくに化石となっています。
一方、私には2つの権利があると思っています。
ひとつは、彼女らの幸せを願うこと。
もうひとつは、彼女らの記憶を残すことです。
美化はしていません。当時の妻たちをありのまま書きました。
余談ながら、1人目の妻ヨーコと別れて半年後、私は謝罪と後悔の気持ちをメールしました。ヨーコは長い返事を書いてきました。
「今思うと、私自身、あなたに対して誠実でなかった部分があったと反省しています」
「でも、もう何もかも遅いと思うのです」
初めて泣きました。戻れないからではなく、誠実な終わり方をされたことに。
ヒトミは、残酷な真実を知ってしまうも、私を責めることなく爽やかに去りました。
アヤコは、親密な領域に行けない我が身に苦しんだ末、互いを解放する道を選びました。
カヨは、壊れそうな心と戦いながら、最後は自分のプライドと心を守り抜きました。
この物語を書き終えて、彼女たちが共通して持っていたものが見えてきました。尊厳、と言ったらいいのでしょうか。
どの人も、厄介な人生と向き合い、人に対しても自分に対しても誠実であり続けた。そんな元妻たちに、今の私は心からの敬意を表したい気持ちです。
