十海夜牛
春は、心の奥を掻き乱して通り過ぎていく。
桜の花びらが風に翻弄されるように。
水面に浮かぶ花筏はいずこへ辿り着くのか。
「雀が花を散らしますなあ」
源義牛は、見事な足捌きで足下の桜を踏まぬように川べりを行く。
それを感嘆の面持ちで眺めながら、私もゆっくりと足を運ぶ。
平次から小宴を催したいので是非、と招きを受けた。
「おしなかき とうみようし」
義牛がその手紙というか、書きつけを届けてくれた折、二人で途方にくれた。
「まことに不可思議な」
「先生にもお分かりにならないとは」
読み書きのできなかった平次が、一念発起して平仮名の稽古を始めたのは雪の頃であった。かなり、上達したのが見てとれるのだが。
私はしばらく考え込んで、筆をとった。
お品書き 十海夜牛。
「は」
「かつて『五十海』という地を訪れたことがある」
「ははあ」
「五を抜いたのは謎かけであろうか」
「この義牛は『夜牛』の地を踏んだことがございまする」
「修行していた頃かね」
「奥州におりました折に、ちょいと散歩がてら」
「海が十もあるのかね」
「いえ山奥で」
どうにも埒があかぬ。まあ行けばわかろうから。
何しろ、蝉形平次は気のいい男なのである。「事件だ大変だ!」と水鉄砲を撃ちながら、道の真ん中を駆けている。通行人の着物を濡らしても、目に入っても、心配ご無用。中味は、ただの水である。
そんな男が怪しげなことをするとも思われぬ。
「ようこそ、おいでくださいました」
平次が大仰に出迎える。
囲炉裏に湧いた湯を、ちょっとばかり置いて温度を下げ、煎茶を淹れ。
茶碗の傍には桜餅。塩漬けの葉、うす紅色の粒々、その奥にこし餡。
「これはこれは、道明寺ではないか」
私は驚きと喜びの混じったため息を漏らす。
「このあたりじゃ、桜餅といえば長命寺で。いやあっしも、生まれてこのかた、これしか知らなかったんでございますよ。ところが道明寺ってものがあるって言うじゃありませんか」
平次は茶を飲みながら続ける。
「この季節になると斎藤象三先生も義牛も、ちょいと寂しそうな顔をなさるのは、もしや道明寺を恋うてのことではないか、と思いやしてね。菓子屋に頼んでこさえてもらったんでございますよ」
義牛の目には涙。
「叡山にあった折も、奥州にても、これが春の便りであったよ」
「美濃が目の前にあるようだ。平次よ、かたじけない」
お薄ではなくて煎茶というあたりもまた、憎い心配りではないか。
「それにしても、おしながきを届けましたのに、こんなに驚かれるとは思いませんでしたぜ」
嗚呼、とうみようし。
どうみようじ。
「てんてんが、留守をしていたようだな」
「こいつはいけねえ、へんちくりんな牛になっちまった」
呵呵、呵呵。
「やや、平次、葉まで食らうのか」
「あたりめえよ義牛、この香りと塩加減が餡に絡むのが妙」
「それではお主、柿の葉寿司も」
「食えるもんなら食ってみやがれ」
呵呵、呵呵。
おや、花散らしの雨が。
ひとときののち、空が明るさを取り戻すと。
うわあ。
平次が歓声をあげ、義牛が目を輝かせ、私は確かに初虹の中に桜餅の色があると思った。
<了>
あの三人組が桜餅につられて再登場。
長兵衛のside B story となっております。


