作家・土居豊の音楽批評コンプリート版・プロの物書き編「オペラ取材の例〜日本でのオペラとは?」その1
作家・土居豊の音楽批評コンプリート版・プロの物書き編
「オペラ取材の例〜日本でのオペラとは?」その1
※前段
「オペラ取材&レビューの仕事」
前段で紹介したオペラ演出家・岩田達宗氏へのインタビューと、担当公演のレビューを続ける。
前回と同じ時期、2008年の2月と、7月に、続けて聴きに行ったびわ湖ホールでのオペラ公演である。2008年当時は、ちょうど大阪府に橋下府知事が当選した最初期だった。こののち、大阪府内の文化芸術団体はおしなべて補助金カット問題を迫られ、大阪府民は文化芸術のあり方を考え直すように促されることとなる。そのあたりの詳しい話は別の機会に書くが、21世紀に入って数年で、関西のクラシック音楽界は政治の影響で大きく変化していく時期に入った。筆者はちょうどその過渡期に、関西だけでなく東京のクラシック演奏会によく通った。だから、今の時点で振り返ってみると、日本のクラシック音楽の歴史が21世紀初頭に激変した様を、リアルタイムでみてきたことになるのだ。
そういったあれこれも、四半世紀経つと、もはや忘れられつつあるので、いずれ書いておくつもりだ。
【オペラ演出家・岩田達宗氏にきく】
※過去記事再録
《文化行政に注文〜びわ湖ホールと大阪センチュリー交響楽団
びわ湖の夏・オペラ ビエンナーレ「フィガロの結婚」
2008年7月18日〜21日
7月に、びわ湖ホールで行われたオペラ公演、びわ湖の夏/オペラ・ビエンナーレでは、昨今、関西音楽界を揺るがしている問題が垣間見えていました。
一つは、びわ湖ホールに対する滋賀県の補助金カット問題です。また、もう一つは、この公演でオケピットに入っていた大阪センチュリー交響楽団の解散問題です。
びわ湖ホールも、センチュリー交響楽団も、地方公共団体が母体となっている音楽施設であり、団体です。その活動は、公金の補助抜きには成り立ちません。
ところが、国自体の経済の悪化と、地方の財政事情の悪化のあおりを受けて、真っ先に資金を減らされたり、解散を迫られたりするのは、文化芸術団体です。
その活動状況が、明らかに芳しくなくて、存在意義を疑われるものなら、それもやむを得ないかもしれません。ところが、びわ湖ホールも、センチュリーも、音楽活動の質の高さと人気の両面で、明らかに高い評価を得ています。びわ湖ホールに至っては、関西のオペラ公演の殿堂といってもいい施設であり、団体です。
いとも簡単に、文化芸術を切り捨てようとする政治や企業活動のあり方には、大いに疑問を抱きます。
この公演の演出家、岩田達宗さんは、気鋭の演出家で、斬新な舞台作りに定評があります。
岩田さんがいうには、
「音楽公演は、とにかくお客さんに足を運んでもらって、ホールに来てもらわないと、話になりません。いくらCDや、ネット上での音楽が進化しても、実際に音楽が演奏されている現場がなくなれば、音楽は成り立ちません。とにかく、劇場に来てほしい。そのために、舞台関係者は、時には太鼓持ちのような真似までせざるをえません」
その言葉には、音楽に賭ける熱い情熱が迸り出ていました。と同時に、まさに存続の危機にひんしているホールやオーケストラのために、「太鼓持ち」のような真似を強いられたことへの、憤りも感じられたのです。
その公演「フィガロの結婚」は、政治的な作品背景を抑えて、男女の愛の諸相を丁寧に描き出す演出であり、すばらしい歌手と、それを支えるオーケストラの魅力があふれた舞台でした。充実した音楽公演も、聴き手の側の文化芸術に対する理解や共感が失われれば、すぐに枯れてしまいます。成熟した社会を創るか、薄っぺらい商業主義に毒された社会にしてしまうか。我々一人ひとりの選択にかかっているのです。》
※参考レビュー
2008年2月4日「びわ湖ホール・プロデュースオペラ/R.シュトラウス作曲 歌劇『ばらの騎士』」
《2008年2月3日
びわ湖ホール・プロデュースオペラ/R.シュトラウス作曲 歌劇『ばらの騎士』
沼尻竜典 指揮
アンドレアス・ホモキ 演出
大阪センチュリー交響楽団
佐々木典子(元帥夫人)
佐藤泰弘(オックス男爵)
林美智子(オクタヴィアン)
澤畑恵美(ゾフィー)
他
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作家・土居豊の音楽批評コンプリート版・プロの物書き編
クラオタというよりフリーの音楽記者という観点から精力的に取材していった。だが、その成果を記事や本という形でものにするのはやはり困難で、クラ…
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/
