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宴もたけなわではありますが… 私は今日も気絶する。

義母、ではなんだか距離を感じるので、ここでは"Nonna"と呼ぶことにしよう。こども達もそう呼んでいるし。

”Nonna"とはイタリア語でおばあちゃんの意。
彼女はイギリスで生まれるが、両親はイタリア人。

3人の兄、4人の弟をもつ大家族で育ち、両親他界後は紅一点ということもあり、近くに住む兄弟をしょっちゅう呼び寄せては、イタリアのマンマがするように、大量の食事を作ってはよくもてなしていた。
それは帰省する度、私も会っていたのでよく知っている。

そして義父もまたイタリア人。こちらは”Nonno"と呼ぶとしよう。

”Nonno"は御察しの通りおじいちゃんの意。

彼は成人してからイギリスに来ているので、イタリア訛りの英語を話す。
常にお客の絶えないこの家で、唯一外国人の私の気持ちを分かってくれ、いつも一人にならないよう構ってくれる優しい彼は、悲しいかな、今は認知症を患い施設で暮らしている。

イギリスで食事というと悪い評価ばかり耳にするが、
私はこの"Nonna"と”Nonno"のおかげで、美味しいイタリアンをいつも口にすることができた。
結婚当初はビール一辺倒で、たまに白ワインを嗜む程度だった私が、今では毎晩赤ワインを開けている笑

マンジャーレ、カンターレ、アマーレ!

そうどこかで誰かが言うように、ここに集まるイタリアンや、その子や孫のブリティッシュイタリアン達も、例外なく食を楽しみ、歌い、愛情深く、そして人生を謳歌している(ように見える)

そんな彼らと過ごす時間はとても幸せではあるのだが、1つだけ欠点が。

それは彼らが、サヨナラの仕方を知らないということ笑

これは夫も、また親戚の生粋のイタリアン達も自虐でそう言うのだから、
間違いない。

何事も腹八分、宴もたけなわというではないか。

”Shall we make a move?"

そろそろ行こうか?という表現を、本当に家の外に出るまでに何度耳にすることか。

"Ciao"

またね、もまた然りである。

さよならを言ってハグをしたかと思えば、気がつくと、またおしゃべりが始まっている。
見送りに行った玄関先でまた立ち話、なんてことはザラである笑

今年はNonnaの年齢もあり、人を迎えるより招待されることが多く、
イギリス到着翌日も、早速近くに住む夫の従姉妹より、軽いお茶のお誘いが。

これまでの経験上、軽いお茶など存在しないことは知っている。
それなりの覚悟で出かけたが、午後4時開演のお茶会のお開きは、予想を遥かに上回る、まさかの午後9時を回ったところ。

久しぶりの再会に互いの近況を知らせるなど、楽しかったのは最初の2時間半ぐらい。
あとは日本語でもないし、旅の疲れもあるし、目は開いてるものの、半分は気絶してたのではないかしら笑 
時折、急に話を振られてビックリ!なんてことは幾度もあった。

こども達が小さい頃は、ああ、もう寝かしつけなくちゃ、なんてうまいこと言って抜け出せたけど、今年はそうもいかない。
では、年配のNonnaを理由に脱出を試みようかと彼女の方を向くと、まさかのノリノリで、そろそろ…
を切り出すどころか、逆に会話に引っ張られてしまう笑

”Shall we make a move?"

何度目になるだろう。そう夫が繰り出すも、弱い笑

”Yeah.."

その都度皆、一回は立つんだけどね。

まあ、たまにだしいいか。
足の悪いNonnaは夫の滞在中ぐらいしか、こうして大勢の人と会話を楽しめないし。

旅の疲れもあり、私はまたしばらく気絶することにする。

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