いつか読めなくなる漫画たちへ。 できることは、やってもらいたいなと、私は願う。
■ 1. 紙の匂いをたどって
私たちは、いつだって紙の匂いに救われてきた。
たった一冊の漫画のために街を歩き、
古本屋の埃っぽい棚に手を伸ばし、
静かに眠る一冊を見つけたときの、あの心臓の震え。
けれど、気づけばその棚は減り続け、
新古書店は“リユース店”という名の衣替えをし、
山のように積まれるはずの漫画は、
そこにはほとんど姿を見せなくなった。
漫画は思ったよりも残らない。
紙は脆いし、流行は速いし、
そして私たちはあまりに簡単に作品を消費してしまう。
それでも、
「この漫画だけは、どうしてももう一度読みたい」
そう思う瞬間が、人生には必ず訪れる。
■ 2. 生きていれば、考えは変わる
作家が生きていれば、
「やっぱり電子書籍、ありにします」
その一言で風向きは変わる。
でも、人はいつか必ず死ぬ。
亡くなった瞬間、その作家の考えは永久に凍結される。
アップデートされることはない。
電子書籍は漫画じゃない――
そう言っていた作家が亡くなったとき、
その言葉が“未来の読者への鎖”になる。
出版社と喧嘩別れしたまま亡くなった漫画家。
再契約しないまま時が過ぎた漫画家。
原稿を誰が持っているのかわからない漫画家。
彼らの作品は、
新しい読者に出会うことすらできないまま、
紙の中だけで静かに死んでいく。
■ 3. 出版社は魔法使いではない
「古本から電子書籍にできるんじゃないの?」
と、誰もが一度は思う。
だが現実は、そう甘くない。
出版社が持っていた製版フィルムは、
90年代に大量廃棄された。
原稿は散逸し、
印刷会社は倒産し、
版面は再現できない。
そして権利関係は、
長年の友情や確執を抱えたまま、
迷路のように絡み合っている。
出版社は魔法使いじゃない。
“あるはずの原稿”が、
もうこの世界のどこにも存在しないことだってある。
■ 4. AI で救えないのか
確かに、AIはすでに紙魚のついたページを補正できる。
破れたコマを埋め、
黄ばんだ紙を白くし、
かすれたインクを蘇らせる。
けれど、AIはあくまで“入力されたもの”を整えるだけだ。
何十年も倉庫に眠っていた原稿が行方不明なら、
そもそもスキャンする素材がない。
それでも、私は思う。
もしファンが、
たとえシミだらけの古本しか手に入れられなかったとしても、
AIが少々のミスをしたとしても、
きっと読むだろう、と。
それは“漫画を救う最後の手段”になるかもしれない。
だが、そのためにもまず権利処理が必要で、
その壁はあまりに高い。
■ 5. 著作権が切れれば救われる?
夏目漱石や芥川龍之介のように、
著作権が切れた作家の作品は自由に読める。
では、漫画も同じなのか。
答えは「ほぼNOだ」。
漫画には絵があり、表現があり、
何十巻にもわたる膨大な物量がある。
著作権が切れたとしても、
原稿が存在しなければ電子化はできないし、
劣化した紙をスキャンする作業だけでも天文学的な労力が必要だ。
つまり、
「著作権切れを待てば読めるようになる」という未来は、漫画では成立しにくい。
■ 6. では結論は何か
私たちは今、
一つの残酷な真実と向き合わされている。
「電子書籍化契約がない漫画は、
この世界から静かに消えていく可能性が高い」。
生前に電子化の許可がなければ、
遺族が動かなければ、
出版社に利益がなければ、
原稿が残っていなければ、
その作品は、終わる。
本当に、ただそれだけの理由で。
■ 7. それでも、願う。
私は思う。
いつか技術が、
法律が、
そして社会の仕組みが、
「読まれなくなった作品を救い上げる道」を
もっと広くしてくれる日が来ると。
紙の匂いが消えても、
漫画を読む喜びは消えない。
そして私たちは、
その“喜び”のためなら、
どんな劣化した古本でも拾い上げ、
どんな不完全なAI補正でも受け入れるはずだ。
たとえその漫画家がもういなくても、
たとえその意志が更新されなくても、
作品だけは、未来へ連れていきたい。
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