夢中になる時間と、暮らしの時間
ゲームと言えば、
ニンテンドースイッチ。
「あつまれ どうぶつの森」
「スーパーマリオ」
「ゼルダの伝説」
「ポケットモンスター」など。
名前は知っているけれど、
私はゲームにそれほど詳しくありませんでした。
「牧場物語」も、
テレビのCMで見たことがあるくらい。
それなのに。
去年の秋頃、
私は牧場物語にすっかりハマってしまいました。
牛と暮らして、
ペットと過ごして、
植物を育てる。
やることが次から次へと出てきて、
「今日はここまで」と思っても、
もう少しだけ……と続けてしまう。
気づけば、
けっこうな時間が経っています。
考えてみると、
私は子どもの頃から花が好きでした。
植物園をよく散歩していたし、
小鳥やうさぎ、犬と暮らしていたこともあります。
今は家族の意見もあって
動物とは暮らしていませんが、
今でも犬と暮らしたいと思っています。
そう考えると、
牧場物語には、
昔から好きだったものが
ぎゅっと詰まっているのかもしれません。
だから夢中になるのも、
少しわかる気がしました。
でも、夢中になる一方で、
どこかに「時間」が引っかかっていました。
「そろそろやめたほうがいいかな」
そう思いながら続けていると、
遊び終わったあとに
なんとなく罪悪感が残る。
家事の時間を削ってまで
ゲームをしていることが、
気になっていたのだと思います。
そのうち、
少しずつゲームから離れていきました。
そんなとき、ふと思ったのです。
子どもには、
「時間を決めて遊ぼう」
「だらだらゲームを続けないように」
と言うことがあります。
私も子どもの頃、
そんなふうに言われたことがありました。
でも、それは子どもだから必要なことだと
どこかで思っていたのかもしれません。
それなら。
大人の私も、
時間を決めればいいんじゃない?
そう思って、
ゲームをする時間を決めてみました。
すると不思議なことに、
決めた時間の中では、
前より気楽に遊べるようになりました。
「こんなにやっていて大丈夫かな」
そんなことを考えずに、
その時間は思いきり楽しむ。
そして時間になったら、
ゲームを終えて、
ほかのことをする。
それだけなのですが、
私にはそのほうが合っていました。
時間を決めていなかった頃は、
ゲームをしていないときまで、
「あれを作ろう」
「資材を集めたいな」
「釣りもしなくちゃ」
と、頭の片隅で考えていました。
でも今は、
遊ぶ時間は遊ぶ。
終わったら、
暮らしに戻る。
その境目ができたことで、
ゲームをしていない時間まで
ゲームに持っていかれることが
なくなりました。
子どもの頃に言われていたことって、
大人になって、
自分の意志でやってみると、
「ああ、こういうことだったのか」
と思うものが、
意外とあるのかもしれません。
「時間を決めて遊ぶ」
昔は子どもに向けた言葉だと思っていたけれど、
大人になった私にも、
ちょうどよかったようです。
これからも、
牧場物語は時間を決めて楽しもうと思います。
その時間は思いきり遊んで、
終わったら、また自分の暮らしに戻る。
夢中になる時間も、
暮らしの時間も。
どちらも大切にできるくらいが、
今の私にはちょうどいいのかもしれません。
