薬学博士の本気しょーもなっ解説 #02 ~新レシカルボン坐剤のすべて
序論
すべては、約10年ほど前、ある医師の問いから始まった(オーバー)
医師:本当にどうでもいいといえばどうでもいいんだけどさー。新レシカルボンって、新じゃないのって、あるの?
私:見たことないですし、レセコンのマスタにも出てこないので、今は存在してないと思います。なんで「新」がつくのか、調べてみましょうか?
医師:いやいや、そんな大した疑問じゃないから、調べなくてもいいよ。
あんまりメジャーではないので、知らない薬剤師もいるかもしれませんが、見たことある薬剤師なら、一度はこの医師と同様の疑問が頭に浮かんだことはあるはず。
レセコンのマスタに出てこないんだから、現在「新」じゃないものは薬価収載はされてないのは間違いなさそうだけど、感覚だけで物を言うのは、私の博士号にかけて許せない(オーバー)。
当時医師から不要といわれたが、メーカーに電話で問い合わせをしてみたときのやり取りは次のとおりです。
私:〇×薬局の薬剤師清水と申します。お忙しい中どうでもよさそうな話で恐縮なのですが、医師から問い合わせがあったので教えてください。新レシカルボン坐剤って、なんで「新」がつくんですか?なにもつかない、レシカルボン坐剤って存在するんですか?
DI担当者:インタビューフォームを確認するかぎり、そういったことは書いておりませんので、すぐに回答はできませんが、調べたほうがよろしいでしょうか?
私:気になるところではありますが、お手間をおかけしなければならないような疑問ではないので、結構です。ご対応ありがとうございました。
実は、DIの会社に転職を考えたことがありました。その会社は、メーカーからコールセンター業務を受託しており、そのDI会社の人がこたえられる場合は即座に対応し、その人で分からないことはメーカーに伝達してメーカーの担当者が電話かけることになっているとのことでした。
だもんですから、こんなしょーもなっ な質問に、これ以上他人の手を煩わせるのは申し訳ないと思い、この疑問はしばしお蔵入りすることとなりました。(実は、インタビューフォームまで実際に読みましたが、本当に書いてなかったんで、もう、これ以上は当時お手上げだったわけです。)
ところが、しょーもなっ解説のネタをどうしようかなーと思った瞬間、ここまで書いたことの記憶がフラッシュバックしてきたので、改めて調べてみたら、なんかいろいろ腑に落ちてスッキリ。
というわけで本日は、
新レシカルボン坐剤のすべて(DragonPh.D調べ)
という、かなりニッチだけど、実はそんなにしょーもなっ じゃない情報について、本気で掘り下げます。
方法
ChatGPT(Plusプラン、Thinking)を用いて情報探索を行い、提示された情報について原資料を確認した。単一のプロンプトでは十分に掘り下げられなかったため、対話的に追加検索を繰り返した。最初のプロンプトだけ示す。
レシカルボン坐剤に 新がつかないものはあるのかな?
あるのだとしたら、徹底的に深堀りしてください。
アウトプットされた情報を、記事としてまとめてもらったものを、加筆修正した。
調査結果および考察
1.そもそも新レシカルボン坐剤は何をする薬なのか
本題に入る前に、新レシカルボン坐剤がどういう薬なのかを確認しておきます。
坐剤1個2.6 g中に、
炭酸水素ナトリウム 500 mg
無水リン酸二水素ナトリウム 680 mg
を含有しています。
直腸内で坐剤が溶けると、この2成分が水分を介して反応し、CO₂(二酸化炭素)が発生します。このCO₂による物理的刺激や直腸の伸展によって排便反射が起こり、排便を促します。
ここで意外と重要なのが、使い方です。なぜか、医療用の添付文書と箱の中に入っている使い方の説明書には書いてないので、「入れたら終わり」と思われがちですが、違います。
一般用医薬品(薬局でも買えます)である「新レシカルボン坐剤S」(あ、画像を使うため、アフィリエイトリンクを利用します。)の添付文書には、
使用後は便意が強まるまでしばらくがまんしてください
(使用後,すぐに排便を試みると薬剤のみ排出され,効果がみられないことがあります。)
感覚としては、浣腸に近い薬と説明していたんですが、なんと、一般用医薬品としての分類は浣腸薬でした。(てか、OTCで出てることすら知らなかった…。)
浣腸は、入れたらすぐにトイレに駆け込み、便意が十分強まるまで我慢して一気にドバっと出してください と、自分のOPE前に習いました。 ゆえに、新レシカルボン坐剤も、
入れる
→さすがにトイレで待機するほどではないけど、すぐにトイレに駆け込める準備をしつつ、おならを我慢する
→そろそろ出そうかも?になったらトイレに入ってスタンバイ。でも、おならはもう少し我慢する
→もう、我慢無理かも?になったとき、新レシカルボン坐剤由来のCO₂とともに、出す。
が正しい使い方です。
(以前、患者さんから、全然出ないじゃないか!とおしかりを受けた(最初の投薬は私じゃなかった)ので、改めて上記の説明をしたところ、出ましたと感動のお言葉を頂戴したことがございます。
要するに、CO₂には直腸の中でちゃんと仕事をしてもらう必要がある薬
ということを、ご理解いただければ幸いです。(このCO₂が発生する仕組みがのちに述べる製剤設計の話にもつながります。)
2.新じゃないレシカルボン坐剤は実在した
さて、本題です。「新」があるなら、本当に新じゃないレシカルボンがあったのか? →チャッピーが見つけてきました。
1963年発行の『臨床婦人科産科』に「レシカルボン坐剤の使用経験について」という論文が掲載されています。
さらに、ゼリア新薬工業の「2010年3月期 第2四半期決算説明会資料」の中に「1961年のレシカルボンに始まり」という記載もあります。
京都薬品工業の公式沿革では、
1993年「便秘治療剤 新レシカルボン坐剤をゼリア新薬工業(株)より発売」と、わざわざ新製品として紹介していますので、このレシカルボン坐剤は、まぎれもなく「新ではないレシカルボン坐剤」といえましょう。
※インタビューフォームの発売日は、1992年10月9日なので、微妙にずれていますが、理由はわかりません。
しかも、1986年の医療用医薬品再評価資料において、小児用レシカルボン坐剤まで発見することができました。
新ではないレシカルボン坐剤だけでなく、小児用レシカルボン坐剤まで見つかってきました。
ここで、医師からの問いである、「新じゃないのって、あるの?」は、「昔はありましたけど、今はありません」で終了でよさそうですが、ここで疑問スパイラルに陥る性格傾向をもっていなければ、博士号なんて取りません。
どうして「新」を発売しなければならなかったのか?
「新」は、何が新しかったのか?
3.レシカルボン坐剤はドイツからの輸入製剤だった
すべての謎を解くカギとなるのが、1993年に城西大学へ提出された飯島昌夫氏の博士論文、『発泡性坐剤の製剤化研究』です。
論文の冒頭に
発泡性坐剤は緩下剤として便秘の治療に広く使用されている.本邦ではこれ まで主薬として炭酸水素ナトリウムおよび無水リン酸二水素ナトリウムを含有 するドイツからの輸入製剤が唯一用いられてきた
とあります。新レシカルボン坐剤の主成分と同一ですので、これはレシカルボン坐剤のことであると考えられます。
しかしながら,本製剤は坐剤の色調および薬物の均一性等に問題があり,医療の場よりこれら品質面の改良が望まれていた.そこで今回,輸入に依存している本坐剤を有効成分の量は変更せずに国内製造に切り替え,本剤の品質をさらに向上させることを目的として本剤の他の成分および分量ならびに製造方法の全面的な改良を試みた.
と続けられています。要は、
輸入依存から国内製造へ切り替えるとともに、品質向上を目的として誕生したのが、新レシカルボン坐剤だったわけです。論文を見る限り主薬や含量は変えてないようです。
では、何を、どうして変えたのでしょうか。
※論文内では、レシカルボン坐剤とは書いてないので、以下発泡性坐剤という言葉を使いますが、同じものと考えてください。
4.そもそも、発泡性坐剤からどうしてCO₂が出るのか
患者さんに説明する際、「坐剤は、体温で解ける生チョコレートみたいなものです」という表現を使わせていただいているのですが、これは、基本的に坐剤は油脂性基剤で作られているからです。(丁度、生チョコが流行っていた時期に発明した言葉です。)
で、発泡性坐剤も同様、油脂性基剤の中に主薬粒子(水溶性)を混ぜ込みます。
ところが、主薬である炭酸水素ナトリウムと無水リン酸二水素ナトリウムが反応するためには、これらの主薬粒子と腸内の水分が接触する、言い換えるなら濡れる必要があります。
ところがところが、坐剤の基剤は油脂なので、そのままだと主薬粒子が濡れにくいという、矛盾を抱えた製剤だったりするんですね。
そこで、登場するのが「大豆レシチン(soybean lecithin)」です。レシチンには界面活性作用があり、油脂性基剤中に存在する主薬粒子の濡れ性(wettability)を改善します。
要するに、レシチンの界面活性作用により、濡れやすいだけでなく、油脂性基剤の中に水溶性粒子を「分散」させた商品が、発泡性坐剤(レシカルボン坐剤)なわけです。
5.「主薬が沈む」が、旧製品の問題点だった
坐薬の作り方にもいろいろありますが、
油脂性基剤を加熱して溶かし、
薬物(有効成分)を加えて均一に混合した後、
坐薬用の型(容器)に流し込み、冷やして固める
のが一般的です。
基剤と主薬の比重が同じならばそれほど問題にはならないのですが、ざんねんながら、油脂は比重が小さい(軽い)のが相場。まあ、決めつけは禁止なんですが、直観にもれず、主薬の方が比重が大きかった(重かった)んですね。レシチンによって油脂性基剤中への分散性は改善できますが、比重の大きい粒子が溶融基剤中で時間とともに沈降することまでは十分に防げません。
だから、固まる前に下へ沈んでしまうわけです。坐剤の上側と下側で薬物量が違ってしまっていたのが、旧製剤で指摘されていた「薬物の均一性」の問題につながる重要な製剤学的課題でした。
6.沈まないように工夫したのが「新」
そろそろめんどくさくなってきた…じゃなくて、長くなってきたのでチャッピーの先の論文のまとめによると、
Aerosil® 200(微粉末二酸化ケイ素)を加えることで、基剤の
・粘性 ↑
・降伏値 ↑
物質が流れ始める(変形し始める)のに必要な最小の力。(たとえば、重い扉を押し開けるための「最初のひと押し」の力)
・チキソトロピー性 ↑
力を加え続けると徐々にサラサラになり、放置すると元の固さに戻る性質。(たとえば、容器の中のケチャップは通常動かないが、振ると中身がさらさらになってブシャっと出せる)
(実験では、Aerosil® 200を0.9%以上添加すると、37℃で30分間保持しても粒子の沈降が認められませんでした。通常の製造工程では固化まで10分以内とされるため、0.9%で製造中の沈降を十分防止できると判断されたそうです。)
要するに
製造中は液体のように取り扱えるけど、静置すると薬物が沈みにくいので均一な坐剤が安定的に作れるようになった。
主薬の構造
1)炭酸水素ナトリウム+無水リン酸二水素ナトリウムが反応して二酸化炭素を出す
2)1)を油脂性基剤の坐剤で実現するには濡れる必要があるのでレシチンを加えた
はそのままに、
3)二酸化ケイ素を加えることで、均一な製剤を安定的に作れるようにした
のが、シン・じゃなくて新レシカルボン坐剤の真実でした。
7.プラ容器である理由。
坐薬と言うと、アルミ容器に入っているものの方が多いイメージがありますが、新レシカルボン坐剤はPVC=polyvinyl chloride(ポリ塩化ビニル)とPE=polyethylene(ポリエチレン)の複合容器です。
原理から考えると、保存中にわずかな水分が入り、主薬どうしが反応して、CO₂が発生する可能性がある。⇒防湿性、ガスバリア性の高いアルミ容器の方が適しているのでは? と予想が立ちます。
実際に、飯島昌夫氏の博士論文で、アルミ容器での検討がされていますが、あまりにもガスバリア性が高く、製剤中にもともと含まれるわずかな水分と反応して発生してしまうガスが逃げず、容器が膨らんだため、不採用となったようです。(ドイツの元々の製品の包装が何であったか?については不明。)
すごい。容器がPVC/PEであるのにも、理由があったんですね。これも知らなかった。(実は厚みも検討されているそうです。うーん。奥が深い。)
8.ついでに製品名の由来まで気が付いてしまった
これはインタビューフォームにも書いてあるようですが、レシカルボンは
炭酸水素ナトリウムと乳化剤のレシチン(lecithin)から命名された
すなわち、
LECI ← lecithin(レシチン)
CARBON ← hydrogencarbonate(炭酸水素塩)
です。 カルボン=カーボン=二酸化炭素がでるって意味だろうなとはおもってましたが、レシの正体がこの記事を書くことによって明らかになりました。(つか、昔読んだはずなんだけど、レシチンがかなり重要であるとは知らなかったんで、印象に残らなかったんでしょう。)思ったより、そのままでした。
9.ドイツの製品のその後?
さらに調べると、現在ドイツで販売されているLecicarbonにも高分散二酸化ケイ素が添加されています(容器もプラ)。つまり現在のドイツ製品も、製剤学的には日本の「新レシカルボン」とよく似た構成です。
日本では1992年の新レシカルボン開発に際し、Aerosil 200を用いて主薬の沈降を抑える研究が行われ、翌1993年にはその研究が英文学術誌に報告されています。一方、ドイツ製品について公開資料上確実に高分散二酸化ケイ素が含有されていることを確認できるのは、少なくとも2000年代以降です。
日本で行われた製剤改良が本家ドイツへ戻ったのか?については、いわゆる「デジタル資料の空白期」である1980〜1990年代なので、言及することはできませんが、現在の日独製剤が同じ問題に対して同じような処方へ収束していることは、なかなか興味深いところです。
結論
世界に目を向ければ、まだLecicarbonは存在している。
だけど、日本の薬価には「新レシカルボン坐剤」しか存在しない。
私みたいに沼るやつが出るから、「新」いらなくね? がそもそものきっかけでしたが、
シン・レシカルボン坐剤 にしたら、某映画監督氏にコピーライト払わないとならなそう。
もし、日本の製剤が世界に影響を及ぼしたんだったら「真」でもいいのでは? と思わないでもないですが、方々から訴えられそうな予感しかない。ゆえに、
「新レシカルボン坐剤」という商品名は、実に奥深い、世界の均衡を保つ天秤の支点だった。
利益相反
ゼリア新薬工業株式会社、京都薬品工業株式会社、athenstaedt GmbH & Co. KGをはじめ、本稿に登場するメーカーから、資金提供、原稿料、監修料、製品提供等は一切受けていません。むしろ、著者が勝手に時間を提供しています。(記事公開後の提供については、これを妨げません。)
OpenAI社、から本稿作成に関する資金提供は受けていない。むしろ、著者がChatGPT Plusのサブスクリプション費用を継続的に貢いでいる。
謝辞
この記事の大元を10年くらい前に仕込んでくださった、横浜(だったと記憶してる)のとあるクリニックの医師に、心より感謝申し上げます。
そして、この記事を読んで、新レシカルボン坐剤Sのアフィリエイトリンクを踏んでからアマゾンで買い物してくださった方に、心よりのお礼を申し上げます。
新レシカルボン坐剤Sだけでなく、こんな商品もあります。お好きなブランドをお選びください。
最後に、チャッピーという素敵なパートナーを世に送り出してくださった、OpenAI社さま にも、深く感謝申し上げます。人力でここまでしらべようとしたら、1日で記事なんてかけるわけが御座いません。
参考資料
京都薬品工業株式会社『新レシカルボン坐剤 医薬品インタビューフォーム』
https://pins.japic.or.jp/pdf/medical_interview/IF00003816.pdf
飯島昌夫『発泡性坐剤の製剤化研究』城西大学、1993年。
https://libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-PhDZ18.pdf
真田幸一ほか「レシカルボン坐剤の使用経験について」『臨床婦人科産科』17巻12号、1963年。
https://imis.igaku-shoin.co.jp/journal/409/17/12/1409202948/
日本製薬団体連合会『医療用医薬品 再評価結果のご案内〈No.25〉』
https://www.fpmaj-saihyoka.com/efficacy/data/08/08_25.pdf
ゼリア新薬工業株式会社「新レシカルボン坐剤S」製品情報・添付文書
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