真珠の耳飾りの少女、その青の先に薬師如来がいた!フェルメールを見に行って、瑠璃光を持ち帰った話!
大阪中之島美術館で、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》を見た。目を奪われたのは真珠よりも、頭巾の深い青であった。その青をたどるとラピスラズリに行き着き、さらに気づけば、普段よく訪れる寺の薬師如来までつながっていた。美術館と寺を往復する、青と光をめぐる少し遠回りな旅である。
■真珠を見に行ったのに、青ばかり見ていた
大阪中之島美術館で《真珠の耳飾りの少女》を見た。教科書でも美術書でも何度となく見てきた作品である。それでも実物を前にすると、やはり印刷物とは違う。少女はこちらを見ているようで、こちらを見ていないようでもある。わずかに開いた唇には光が乗り、耳元の真珠らしきものにも小さな光が浮かぶ。ところが私が妙に気になったのは、作品名にもなっている真珠ではなかった。頭を覆う、あの深い青である。
《真珠の耳飾りの少女》なのだから、普通は真珠を見るべきなのだろう。ところが私は頭ばかり見ていた。診察でも似たようなことはある。
患者が訴える場所と、医者が気になる場所は必ずしも一致しない。今回は患者ではなくフェルメールなので、余計な検査を追加するわけにもいかない。仕方なく帰ってから青について調べ始めた。
すると、この青がとんでもなく遠いところから来ていた。

■この青、そこらの青ではない
フェルメールが使った代表的な青色顔料が天然ウルトラマリンである。
その原料となったのがラピスラズリである。
《真珠の耳飾りの少女》の青い頭巾にも天然ウルトラマリンが確認されている。ラピスラズリは現在のアフガニスタン周辺などで産出し、遠くヨーロッパまで運ばれた。マウリッツハイス美術館によれば、当時の天然ウルトラマリンは非常に高価で、フェルメールはそれを惜しまず使った画家として知られている。
石を掘り出す。運ぶ。砕く。青い成分を取り出す。ようやく絵具になる。現代ならチューブを一本買えば済むところに、壮大な物流が横たわっている。しかも高い。
それでもフェルメールは使った。青い布だけでなく、陰影や別の色の中にまでウルトラマリンを使ったとされる。見えるところだけ豪華なのではない。見えにくいところにも金をかける。経営者として正しいかどうかは知らないが、画家としては相当にぜいたくである。
ここまで知ると、だんだん作品名の真珠が気の毒になってくる。
■実は真珠より青のほうが本気だった
耳元の大きな真珠は、この絵の象徴である。しかし本物の真珠だったのかどうかについては議論があり、その大きさなどから模造品だった可能性も指摘されている。
一方で、青には高価なラピスラズリ由来の顔料が投入されている。
タイトルは真珠。真珠は本物かよくわからない。青は高級品。
世の中、看板と原価は必ずしも一致しないのである。
ただ、フェルメールの絵にとって重要なのは、青そのものよりも、その青が光を受けたときの見え方だったのではないかと思う。少女の目も、唇も、頭巾も、耳飾りも、光があるから存在している。物の輪郭を描いているようで、実は光を描いている。
そしてこの青と光を考えているうちに、妙なところへ話が飛んだ。
薬師如来である。
■フェルメールが現代の医者を描いたなら
その前に少し脱線したい。
フェルメールは静かな室内で、人が何かをしている場面を好んで描いた。牛乳を注ぐ女、手紙を読む女、窓辺に立つ女。大事件は起きない。人は座り、読み、書き、考えている。
では、フェルメールが現代の日本で医者を描いたら、どんな作品になるのか。
私ならこうする。
「当直をしない医師」
「ブログを読む研修医」
「紹介状を書く女医」
「レントゲンが読めない准教授」
「抄録を締切日に出す医師」
そして「真珠の耳飾りを経費にする院長」である。
フェルメールの静謐な室内画も、医者を入れた瞬間に急に世知辛くなる。

「レントゲンが読めない准教授」など、光は十分に差し込んでいるのに所見だけが見えてこない。瑠璃光以前の問題である。
■笑っていたら瑠璃という言葉にぶつかった
ラピスラズリについて調べているうちに、瑠璃という言葉が気になった。
瑠璃は仏教では七宝の一つとして登場する。そして、私がよく訪れる寺の御本尊は薬師如来である。
薬師如来。
より正式には、薬師瑠璃光如来。
ずっと知っていた名前である。それなのにフェルメールの青を見たあとでは、「瑠璃光」という言葉が急に違って見えた。
これは人間の認知の面白いところである。対象は何も変わっていない。こちら側に知識が一つ増えただけで、今まで素通りしていた言葉が突然立体的になる。いつもの寺も、御本尊も変わらない。
変わったのは私のほうである。
■瑠璃はラピスラズリなのか
ここは少し慎重に書きたい。
仏典に登場する瑠璃を、現代鉱物学でいうラピスラズリと完全に同一のものとして扱うのは難しい。古代の宝石名は、現代の鉱物分類ほど厳密ではないからである。
したがって、ラピスラズリがそのまま薬師如来の瑠璃である、と単純化するつもりはない。
ただし、瑠璃という語と青い宝石、ラピスラズリが長い文化史の中で近いイメージをまとってきたことは興味深い。
重要なのは鉱物学的な同定そのものではなく、人間がなぜこの深い青に特別な意味を与えてきたのか、ということである。
海のようでもある。夜空のようでもある。光が当たれば鮮やかになり、暗ければ深く沈む。
青は不思議な色である。
■薬師如来はなぜ瑠璃光なのか
薬師如来は東方の浄瑠璃世界の教主とされる。古い薬師経の注釈では、薬師という名を衆生の苦を除くことと結びつけ、瑠璃光については、その光が隔てなく届くという趣旨で説明している。
ここで面白いのは、瑠璃を単なる青色として読むと、少し物足りないことである。瑠璃には清浄さ、透明さ、濁りのなさといったイメージが重なる。そして光は暗い場所を照らし、見えなかったものを見えるようにする。
薬師という名前から、医者としてはつい薬を処方する仏を想像してしまう。しかし薬師如来が扱う苦しみは、薬袋に収まる範囲よりはるかに広い。
病気だけではない。生きることそのものに付随する苦に光を当てる。
そう考えると「薬師瑠璃光如来」という名前は、なかなか美しい。
医者が薬を出すより、ずいぶんスケールが大きい。こちらはせいぜい28日分である。
■西では石を砕いて光を描き、東では石の名で光を語った
ここでフェルメールと薬師如来が、私の頭の中でようやくつながった。
もちろん、フェルメールが薬師経を読んでいたという話ではない。両者の間に直接的な影響関係があると言いたいわけでもない。
ただ、一つの青い石を真ん中に置いて東西を眺めると、非常に面白い風景が見える。
西へ運ばれたラピスラズリは砕かれ、ウルトラマリンとなり、フェルメールの絵の中で光をまとった。
東の仏教文化では、瑠璃という宝石のイメージが清浄な世界や仏の光と結びついた。宝石のような工芸品は、シルクロードを渡り、奈良時代に日本にやってきている。
正倉院にはコバルトブルーの美しい紺色ガラスで作られた瑠璃坏(るりのつき)や瑠璃壺(るりのつぼ)などのガラス器が収められている。これらは、ラピスラズリではなく、コバルトらしい。紺玉帯(こんぎょくのび)など、ラピスラズリを用いた宝物も献上されている。
西では石を砕いて光を描いた。
東では石の名を借りて光を語った。
時代も場所も異なる、ずいぶん離れた場所で、人は青を見ながら光について考えていたことになる。
■フェルメールも薬師如来も、最後に残るのは光である
《真珠の耳飾りの少女》を思い返すと、不思議なのは少女そのものより、光の残像である。
瞳に一つ。唇に一つ。耳飾りに一つ。青い頭巾にも光がある。
フェルメールは物を描いているようで、物に当たる光を描いている。
一方、薬師如来も瑠璃光如来である。ここでも主役は光である。
オランダの画家と東方浄瑠璃世界の仏を同列に論じるのは少々乱暴かもしれない。しかし旅行記なのだから、このくらい寄り道してもよいと思う。
むしろ、まったく別々だったものが旅先で突然つながることこそ、旅の面白さだと思う。脳内リンクを勝手に作り、妄想することは個人の愉しみのうちである。
■美術館へ行くと、いつもの寺が少し変わる
中之島美術館を出た後も、あの青が頭に残った。
次にいつもの寺へ行き、薬師如来の前に座ったとき、私は以前とは少し違うことを考えるだろう。
薬師如来。薬師瑠璃光如来。瑠璃。
ラピスラズリ。ウルトラマリン。フェルメール。
中之島。それまで別々の引き出しに入っていた言葉が、一本の青い線でつながった。旅や美術館巡りの価値は、珍しいものを見ることだけではない。
帰ってきたあと、いつも見ていたものが少し違って見える。
いつもの道。いつもの寺。いつもの仏像。
対象は変わっていないのに、自分の中に一つ知識や経験が増えただけで、世界の解像度が少し上がる。
これも旅の効能と言ってよいだろう。エビデンスはない。副作用も、たぶんない。
■真珠を見に行って、瑠璃光を持ち帰った
大阪へ行った目的は《真珠の耳飾りの少女》を見ることであった。
ところが持ち帰ったのは、真珠よりも青だった。
その青を追いかけたら、ラピスラズリにたどり着き、17世紀のオランダをうろつき、最後にはいつもの寺の薬師如来へ帰ってきた。
真珠から始まり、ウルトラマリンを経て、瑠璃光へ。ずいぶん遠回りした。
中之島で見た青は、美術館の中に置いて帰るには、少し美しすぎた。
次に薬師如来の前に座るとき、私は以前より少しだけ「瑠璃光」という名前を味わえる気がする。
ただ、真珠の耳飾りを経費にする方法については、まだわからない。税理士に聞く勇気もない。
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