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⑥神さまの追っかけ「大国主の御子を追って」

九州を巡る旅の中で、私は次々と「刀」に出会いました。
霧島岳に突き立つ逆鉾、鹿児島神宮の竹刀⚔️

それらはすべて「祈りと抗いの象徴」であり、
やがて大国主の御子「アジスキタカヒコネ」へと繋がるキーワード でした。

もっとも、この時点の私はまだ、その重要性に気づいてはおらず。。。
ただこれからも「不思議と刀ばかりが現れる」と感じるだけで──。
しかし後に、この連なりが大きな意味を持っていたことを、
ようやく理解することになるのです。

その縁を胸に抱きながら、私はさらに北へと導かれていきます。
向かったのは、遠く東北の地でした。

🌌 東北編──阿弖流為とアソベの森の伝承

✨ 阿弖流為と母禮──抵抗の二人

平安時代の初め、蝦夷を率いた 「阿弖流為」は、
朝廷の軍勢に立ち向かいました。
土地を守り、民を守るための戦いでした。
しかし彼は坂上田村麻呂の軍に敗れ、
都に連行され、処刑されたと伝わります。

記録には、阿弖流為とともに「母禮」という人物の名が残っています。
一般には男性の豪族とされていますが、
伝承の中には「母禮は女性であった」という言い伝えも残っています。

もし母禮が女性だったとすれば、彼女は阿弖流為に寄り添い、
巫女的存在として呪術や予言で人々を導いたのではないでしょうか。
戦う男のそばには、必ず“導く女”がいた──
九州で見た隼人の姫と同じように。

👹 鬼死骸に残る記憶

東北の地には、今も「鬼死骸」という地名が残っています。
そこには、大武丸と呼ばれた人物の
最期を偲ぶような伝承が伝わっています。

この人物も、阿弖流為と同様、蝦夷の勇将でありながら、
中央からは「鬼」と呼ばれていました。

鬼とは本当に恐ろしい怪物だったのでしょうか。
むしろそれは、土地を守り、民を癒し、祈りと共に生きた者たち
の別名だったのではないでしょうか。
しかし、朝廷にとって彼らの力は脅威であり、理解できない異質なもの。
だから「鬼」と呼び、退け、葬らざるを得なかったのです。

🌌 岩木山のふもと、アソベの森

青森の岩木山のふもとには「アソベの森 」と呼ばれる場所があります。
そこにはこんな伝承が残っています。

先住民のアソベ族と渡来してきたツボケ族が統合し、
手を取り合い、農耕を始めた…と。
ツボケ族──その名を聞いたとき、私は胸の奥でひとつの仮説を抱きました。

🌱 ツボケ族は出雲族だったのではないか?

ツボケ族は、もしかすると出雲から北上した人々ではなかったか❓
出雲族は古代において海を渡り、山を越え、各地に足跡を残しました。

さらに思い起こされるのが、神武東征で登場する長髄彦です。
彼は大和で神武天皇と戦った土着の首長として知られますが、
一説には 出雲系の勢力 であり、
敗れたのち北へ逃れたとも言われています。

もし長髄彦が東北に至ったのなら──
彼の一族や従者が、ツボケ族やアソベ族と交わり、
やがて阿弖流為や大武丸のような
「抵抗の系譜」へと連なっていった可能性もあるのです。

伝承によれば、津軽にとどまった長髄彦軍は、
現地のアソベ族やツボケ族を統合し、やがて「アラハバキ族 」を形成したとされています。

アラハバキは、東北から関東一帯にかけて広く信仰された神。
その正体は明確ではありませんが、
多くの伝承では 『女神 』として語られています。

✨ 出雲族の母系家族社会

ここに、出雲族の特徴が重なります。
出雲は父系の大和政権とは異なり、
母系的な家族社会 」を色濃く持っていたと考えられます。

この流れを東北に投影すると、
アラハバキ信仰が 女性神=大地母神の継承 であることが見えてきます。

👹 抗いの民と女神信仰

「抗った男たち」の背後には、必ず祈りを支える女性の存在がありました。
それは母禮であり、九州の隼人の姫であり、
そして東北ではアラハバキ女神として象徴されました。

中央からは「鬼」と呼ばれ、卑しいと蔑まれた彼ら。
けれどその実態は、
女神を中心とする祈りと母系社会を守る人々 だったのです。

思えば、「卑弥呼」という名に刻まれた「卑」という字も、
本来は”卑しい(いやしい)”という意味ではなく、
癒し(いやし)”の巫女 を指していたのかもしれません。

土地を癒し、人々を癒し、魂を導いた存在。
それが「卑弥呼」であり、
彼女の系譜に連なる隼人の姫、母禮、そしてアラハバキ女神だったのです。

そして、このアラハバキ神もまた記録からは消され、
隠された神 として今に伝わっています。
祈りを担った者たち、
癒しを行った巫女や女神は、なぜか常に「異端」とされ、
その名を封じられてきたのです。

つまり、鬼とされた者、卑しいとされた者こそが、
本当は 癒しの巫女の系譜を守り抜いた人々 だったのではないでしょうか。

🐉 青森に残る龍と出雲族の影

青森にあるアラハバキ神社には、
龍が木に巻き付けられるように祀られた姿がありました。

一方で、古代出雲にも「龍神を木に巻き付けて拝む」伝承が残されていました。
それは出雲族が各地に広めていった龍蛇信仰の大切なかたちでした。

これらは、偶然ではなく”出雲族が北上し、津軽の地に足跡を残した証
アソベ族やツボケ族と結びつき、アラハバキ信仰を形成した背景には、
こうした出雲族の「龍蛇信仰」を深く根づかせていくことになっていったのかもしれません。

また、アラハバキ神社の近くにある十三湖、島根県の宍道湖と同様、
シジミの主要な産地でもあります。
これもまた面白いですょね😊

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