【白衣の記憶】白衣を脱いだとき、医師はただの人になる
医師が病気になったとき、
それは思っている以上に、残酷だ。
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おばさんがMRI検査を受けている。
私は、誰もいない広い病院の廊下の椅子に、一人ぽつんと座って待っている。
白い蛍光灯の光が、静かな床に落ちている。
時折、遠くでストレッチャーの車輪の音がするだけだ。
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今日は、おじさんの一周忌だった。
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三月に入ったが、朝から冷え込み、北関東には雪のマークも出ていた。
富士山は裾まで真っ白で、空の青との対比が美しい日だった。
父の弟であるおじさんは、優秀な胸部外科医だった。
小児科医であるおばさんと結婚し、都内にクリニックを開業したのは五十年ほど前になる。
子どもはいなかった。
そして二人は、まさに二人三脚で生きてきた。
診療所も、人生も。
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おじさんのお葬式以来、久しぶりに会ったおばさんは、とにかく小さく見えた。
体重は四十キロほどだろう。
背中は折れ曲がるように丸まり、
お寺の入り口の絨毯の上で梁にもたれてぺたんと座る姿は、まるで小さな子どものようだった。
瞼は赤く腫れていた。
おじさんが亡くなって一年たっても、きっと毎日思い出しては涙しているのだろう。
私たちを見ると、か細い声で言った。
「来てくれてありがとう……」
その一言に、胸が詰まった。
おじさんが亡くなったあとも、この人が小児科医として働いていたとは思えないほど、やつれていた。
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無事に納骨も済み、昼食会場へ向かう。
おばさんは、親戚だけでなく、医師仲間や学生時代の友人を一生懸命もてなしていた。
気丈に振る舞っているのがわかる。
少し下がった左の口角。
どこかはっきりしない呂律。
——脳梗塞ではないか。
そう思った瞬間、胸がざわついた。
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昼食会場から最寄り駅まで、帰りのバスに乗り込む。
窓の外では、おばさんが「私は元気よ」と言わんばかりに笑顔で手を振っていた。
その姿が、あまりにも痛々しかった。
いたたまれなくなり、私は運転手に声をかけた。
「すみません、ここで下ろしてください」
バスを降り、おばさんのところへ戻る。
早く受診するべきだと伝えると、
おばさんは、医師同士の一瞬の沈黙で、すべてを悟った。
なぜ受診するべきなのかを。
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そして、謎が解けた。
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先月、突然の心筋梗塞を起こし、緊急入院していたという。
しかし、この日のために四日前に自主退院したのだそうだ。
そして退院の翌日。
今度は言葉が出なくなり、右手がしびれて動かなかったという。
今日は奇跡的に少し回復し、予定通り法事が行えたのだと。
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愛する夫の一周忌。
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自分の体の異変に、おばさん自身が気づいていなかったはずはない。
それでも、この日を迎えるために、気力だけで立っていた。
数日間、その苦しみを一人で耐えながら。
退院後の再診は来週だから、と最初は頑として今日中の受診を拒んでいた。
けれど、法要が無事に終わった安堵からだろうか。
説得した末に、ようやく再診することを受け入れてくれた。
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検査の結果は、やはり脳梗塞だった。
おばさんはそのまま緊急入院となった。
帰宅しても一人だったことを思うと、
入院できることに少し安堵したようにも見えた。
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急性心筋梗塞。
そして脳梗塞。
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おじさんを亡くした深い悲しみが、
小さな身体を静かに支配していた。
痩せた肩、細い腕。
その身体全体が、喪失を抱え込んでいるように見えた。
どれだけおじさんを愛していたのか。
言葉にしなくても、それは痛いほど伝わってきた。
おばさんと出会えたおじさんを、
おじさんと出会えたおばさんを、
少し羨ましくも思った。
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若い医師の前で、
おばさんは、ただの患者だった。
淡々と問診される。
呂律が回らなくても、精一杯答える。
採血のために、
あざだらけの細い腕を差し出す。
また採血。
検査着を羽織ると、
細い足首があらわになる。
かつての覇気に満ちた女医の姿を知っているだけに、
胸が締めつけられる思いがした。
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医師も、病の前では人間なのだ。
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どんなに知識があっても、
どんなに多くの患者を救ってきても、
悲しみや孤独からは逃れられない。
白衣を脱げば、
私たちもまた、弱い一人の人間なのだ。
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病院の廊下で一人座りながら、
私はそんな当たり前のことを、改めて思い知らされた。
そして、もう一つ。
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私は医師として多くの患者さんを診てきたが、
人が壊れる瞬間は、
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病気そのものではなく、
「心の喪失」であることが多い。
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それを、この日、はっきりと見た気がした。
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