飲酒後の入浴が危ない理由〜血圧は二度下がる〜
「酔い覚ましに風呂」という言い回しがある。循環動態としては、これほど分の悪い組み合わせも珍しい。欧米ではシャワー浴が主で、熱い湯を張った浴槽に肩までつかるのは日本に特有の入浴形式であり、浴槽内死亡事故の誘因の一つではないかと推察されている。
二重の降圧
飲酒直後、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドの血中濃度が上がることで血管が拡張し、血圧が下がる。この低下に反応して交感神経が活性化し、脈が増える。飲んだ夜の動悸は、代償反応の側の現象になる。
湯に浸かったときも似た経路をたどる。温熱で末梢血管が広がり、血液が体表へ寄る。ただし浴槽内では静水圧が体表を押す。1平方センチあたりにすれば数十グラム程度の圧でも、全身の体表面積に積算すれば数百キログラム相当になり、下肢の血液は心臓側へ押し戻され、心拍出量はむしろ上がる。支えていたのは湯の圧力であって、循環調節が改善したわけではない。
だから立ち上がる瞬間が危ない。全身を包んでいた外圧が一気に消え、血液は下肢へ戻る。通常なら血管が収縮して血圧を保つが、高齢になると維持できず、頭に血が回らないまま倒れる。
しかも酒には利尿作用がある。飲んだ量よりも失った量が多い状態、つまり循環血液量が減ったところへ血管拡張が重なれば、脳灌流はあっけなく落ちる。
数字を見る
日本法医学会の課題調査(浴槽内死亡事例)では、飲酒が死因に影響したと考えられる事例が192例、全事例の13%を占めた。血中エタノール濃度が1.5mg/mL以上だったものは15%程度。厚労科研(堀班)の助成で実施された調査で、実施からは10年以上が経つ。
母数の側も小さくない。令和4年、65歳以上で溺れて亡くなった人は7,900人。うち家や居住施設の浴槽が5,824人を占める。同じ年の65歳以上の交通事故死者は2,154人で、浴槽での死亡はその2倍以上になる。
増え方も緩やかではない。平成25年から令和5年までの10年で、高齢者人口が14%増えたのに対し、「不慮の溺死及び溺水」による死亡者は31%増えている。令和5年の死者数は8,270人。人口構成の変化だけでは説明が足りない増分がそこにある。
なお、入浴中の急死を年間約19,000人とする推計がしばしば引かれるが、原典は厚労科研班の推計で、消費者庁はそれを引用した側になる。溺水以外の死因を含む数字であることも、あわせて押さえておきたい。
冬だけの話ではない
暖かい部屋から寒い脱衣所・浴室へ移ることで血圧が上がり、その後、温かい湯に入ることで血圧が低下する。東京都23区の入浴中事故死は、12月から2月で年間の約半数を占める。
温度差の問題は個人の注意に還元されがちだが、住宅の性能が行動を規定している面がある。居間や脱衣所が18度未満の住宅では、湯温42度以上の「熱め入浴」が増加するという研究結果がある。寒い家に住む人ほど熱い湯を選び、血圧の振れ幅を自分で広げる。断熱は健康政策の一部でもある。
だが飲酒が絡む事例は、温度差だけでは説明しきれない。夏でも起きる。ビールで脱水が進んだ体に、汗をかく入浴が加われば、季節が逆に振れても機序は変わらない。
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