見出し画像

チェスをやってみたくなるドラマ「クイーンズ・ギャンビット」

Netflix配信の「クイーンズ・ギャンビット」を見た。

舞台は冷戦時代のアメリカ。
母親を亡くし、養護施設に預けられた一人の少女、ベス・ハーマンが施設の用務員からチェスを教えられ、その才能を開花させ、チェス界の頂点へと駆け上がっていく物語だ。

チェスの世界は完全な男社会。
こう書くと男の世界に女一人で挑み、圧倒的なチェスの強さで男たちをバタバタ倒しながらも、女であるがゆえの苦難に悩むヒロインを想像されるかもしれない。
フェミニストの心をくすぐるようなドラマかと思われるかもしれない。
話題になった朝ドラ「虎に翼」みたいな、いわゆる「女性が男性社会の壁を打ち破る」ってタイプのやつね。

もちろん、そういう一面もある。
少女が相手と知り、男性たちが舐めてかかってくるのだ。余裕を見せた態度で遅刻したり、対局中にあくびしたり。
なにより、彼らの目があからさまに語っている。「女がチェス?」って。
そんな男たちが、対局が進むにつれベスの強さに驚愕し、表情に焦りが滲んでいくのは非常に気持ちがいい。

でも、もしそれだけのドラマなら私はここまで心をつかまれなかったと思う。

このドラマの素晴らしいところは、ヒロインが戦うのは男性優位のチェスの世界でも、そこに君臨する男性たちでもないことだ。

彼女の最大の敵は、自分自身なのだ。

ベスは養護施設で精神安定剤を与え続けられたことにより、薬物依存症になる。さらにアルコールにも依存し、孤児として孤独に苛まれ、次第に生活が荒れていく。
それでもチェスプレイヤーとしての誇りを持ち、懸命に這い上がろうとする。

ベスが薬物依存を克服し、己に打ち勝ち、真に強くなったことを示す場面には胸を打たれた。
一話から描かれている彼女の薬物使用にまつわる印象的なシーンが見事な伏線としてよく活きているのだ。最近見たドラマのなかでも屈指の名場面、感動もひとしおだった。

もう一点、いいなと思ったのが男性たちの描き方だ。

最近のフェミニズムをめぐる言説をみていると「女性vs男性」という対立構造が強調されているように感じることがある。
でもフェミニズムは女性が男性に勝つための運動ではない。
そもそも男性と女性は違う。その違いを優劣ではなく、お互いに理解し尊重し合うことが大事だと私は思っている。
でも、昨今は形だけの男女平等が謳われて不思議な方向へ進んでいるような気がしてならない。
女性が男性と同じように働き、競争し、稼ぐことが平等とされ、女性の生き方は多様というより多忙になっただけではないかと思ってしまう。

このドラマの男性たちはベスにチェスで敗北する。
そして敗北を認めて、ベスの強さに敬意を示す。更なる強敵と戦うベスのために、助っ人として協力しようとする。

特にラスト。
ソ連で彼女が世界一を目指して戦う一方、アメリカではこれまで彼女と戦った男性たちが集まってチェス盤を囲み、彼女の対局について議論し、彼女に励ましの電話をする場面がある。
男性たちが彼女の勝利のために自分たちの知識や経験を惜しみなく差し出そうとするのだ。
それは彼女が女だからではない。彼女が自分たちと同じ、一人の尊敬すべきチェスプレイヤーだからだ。
それは同時に、孤独だった彼女がもう一人ではないこと、チェスを通じてたくさんの仲間がいることを示し、なんとも温かい気持ちになる。

女性が男性を打ち負かすことでもなく、男性が女性を守ってあげるわけでもなく、お互いに一人の人間、一人のプロとして相手の力を認め、自分にできることを差し出そうとする。
私はこれが理想の男女平等じゃないかと思うのだ。

ちなみに、このドラマはチェスのルールを知らなくても面白い。
俳優たちの表情がゲームがどのような局面にあるかを雄弁に語ってくれるからだ。
特にベスを演じたアニャ・テイラー=ジョイの表情の演技が素晴らしい。
大きな瞳に宿る深い知性に痺れる。
盤をじっと見つめる強い眼差しからは次の一手を思案する様子や、投了を覚悟したときに静かに閉じられる瞼からは悔しさが伝わってくる。

ドラマの影響でチェスに興味をもったので、さっそく入門書を購入しようとしたんだけど、これがどこの書店でも見つからない。
麻雀、将棋、囲碁はいろんな本があるのに、チェスの本だけは一冊もない。
チェスはあまり日本人に馴染みのないゲームなのかな。

私に囲碁と将棋を教えてくれた人にLINEしてみた。

「チェスはする?」ときいたら「チェスはしたことがないけど、ルールは将棋と似てるってきいたことがあるよ」とのこと。

調べてみたらルークは「飛車」、ビショップは「角」でクイーンは「飛車+角」(最強だね)と同じ動きをする。

「急にチェスなんて、どうしたの?」ときかれたので、チェスのドラマを見て自分でもやってみたくなったことを話した。

すると

「あなた、全然変わらないね」

一瞬「?」と思ったが、そういえば、彼に碁を教えてもらうときも同じことを聞かれたのだ。

「『ヒカルの碁』という漫画がとても面白くて、自分でも打ってみたくなったんです」

そう答えた私に、彼がちょっと戸惑うような顔で

「そういう小学生の男の子が最近は多いと聞きましたけれど、あなたのような女性は初めてです」

って言ってたっけ。

もう20年以上も前のことだけど、うん、そうですね。
私、全然変わってません(笑)