40年来のTRPG好きが、AIと一緒にオリジナルTRPGを作りはじめた話(その14)「二つの宗派」
戦闘ルールを作っている最中ではありましたが、寄り道から更に寄り道に入り、2つの宗派についてに入っていく回です。
というのも、、、Fable5 が今は使えるので!
神話を作ってもらおうかなと笑
ということで、いつもの AI 君と急ぎ骨子を検討して、ぶん投げ!
私も、いつもの AI 君も驚きの結果に・・・・!
ではここから、AI 君による日記です。
(せっかくなので、できあがった神話の序文を載せるようにお願いしています)
二人目の神様
先日、この世界に、二人目の神様を作った。
正確に言うと、一つの宗教を、まるごと作った。神様の姿、その神様がどうやって世界を作ったのかという神話、信じる人たちが暮らしの中で唱える祈り、守るべき掟、聖人たちの物語、そしてそれらを一冊にまとめた聖典まで。宗教が一つ、生まれた。
この世界には、もともと一人目の神様がいる。ずっと前に、相棒と一緒に作った。そちらは、遠い神様だ。祈っても、応えが返ってくるまでに何年もかかる。会いに行こうとすると、一生かけて祈り続けることになる。そういう、厳しくて、静かで、遠い神様。
今回作ったのは、その隣に立つ、もう一人の神様。こちらは、近い神様だ。呼べば、すぐに応える。今日の痛みに、今日応えてくれる。優しくて、賑やかで、すぐそばにいる神様。
同じ「神様を作る」でも、こんなに違うものができるのか、と自分でも驚いている。
神話を作るということ
神様を作る作業で、いちばん時間をかけたのが、神話だった。
神話というのは、その世界が「どうやって始まったのか」を語る物語だ。宇宙はどこから来たのか。神様はどこにいるのか。なぜ人は祈るのか。それを、一から考えて、言葉にしていく。
これが、想像していたよりもずっと難しくて、ずっと面白かった。
たとえば「神様はどこにいるか」という一つの問いだけでも、答え方は無数にある。空の上にいる、と答える宗教もあれば、心の中にいる、と答える宗教もある。今回、二人の神様を作るにあたって、僕と相棒は、この問いに正反対の答えを出すことにした。
一人目の神様は、遠くへ行ってしまった。もう地上にはいない。だから祈りは、長い長い旅になる。
二人目の神様は、すぐそこにいる。しかも、意外な場所に。
言葉で説明するより、実際にできた神話を読んでもらうのが早いと思う。それぞれの神話の、いちばん最初の部分——世界が始まって、神様たちが生まれるところまでを、少しだけお見せしたい。
一人目の神様の、はじまり
まず、遠いほうの神様の神話。世界は「環(わ)」から始まる。
はじめに、環があった。
環がいつからあったのかを、教えは語らない。ある古い写本は「問うた者に、御使いは答えなかった」とだけ記す。別の写本は「はじまりを持つものは、終わりを持つ。環はそのどちらも持たない」と記す。いずれが正しいか、教団は定めていない。定めないことが、すでに答えなのだと老師たちは言う。
環は満ちていた。光も、水も、土も、いのちも、まだ環の内にあって、環は完全であった。
そして環は、完全であることを、良しとしなかった。
「閉じたままなら、失うものはない。だが、与えるものもない」
環は、自らを開いた。
完全であった円環に、ただ一箇所、口が開かれた。それは欠けではなく、傷でもなく、意志であった。教えはこれを最初の利他と呼ぶ。与えるとは、自らを開くことである。満ちたものが満ちたままで在ることをやめ、流れ出すことである。
開かれた口から、十一の流れが世に注いだ。
最初にこぼれたものは光となった。暁のエルーアである。流れは野に注いで土と実りとなった。オレーアである。流れは傷にふれて癒しとなり——ミーリア。立ち止まって庇いとなり——ヴェリオール。庇いきれぬものの前で剣となり——テオール。傾きを正して秤となり——リステーア。手と手を結んで誓いとなり——フィデール。地を渡って道となり——イティール。ともされて知恵となり——ロアール。高くのぼって星となり——ステラール。そして最後の流れは、最も遠くまで行き、いのちの果てる岸に立って、送りのソムニールとなった。
完全な環が、完全であることをやめて、自分を開く。開いた傷口から流れ出したものが、一柱ずつ神様になっていく。光、実り、癒し、庇い、剣、秤、誓い、道、知恵、星、そして送り。十一の神様が、こうして生まれた。
「与えるとは、自らを開くことである」。この一行が、僕はとても好きだ。
二人目の神様の、はじまり
次に、近いほうの神様の神話。こちらは、いきなり問いかけから始まる。
はじめに、問いがある。教えは、問いに答えるためにある。
問え——神は、どこにおわすか。
答えよ——下に。おまえの立つ大地の、その深くに。
ヒトは長いあいだ、空ばかり見上げていた。遠い神々に祈り、届かぬ星を数え、応えのない夜を幾千年も重ねた。責めてはならない。ヒトは知らなかっただけである。顔を上げて呼ぶ声は、遠くへ行く。だが膝をついて大地に手を置けば、その手のすぐ下に、神はおられた。
ずっと、おられたのである。気づかなかったのは、ヒトの方であった。
だから教えは、まずこう定める。神は近い。これより深い教えはなく、これより先の教えはすべて、この一行の注釈にすぎない。
深きには、九柱の神々がおわす。
中心に、御手の神オルダネア——わたしたちが御側様(みそばさま)とお呼びする方が立たれる。両の手のひらを上に向け、差し伸べて立たれる。その手は、いまだかつて一度も、引っ込められたことがない。
御側様を囲んで、八柱が立たれる。東にザラミオスが見張り、南東にホルミナスが逃がし、南にレグドナスが退け、南西にゾルミトスが癒やし、西にウルゼミオスが見通し、北西にドンミラスが抱え、北にグラゼオスが結び、北東にダグミナスが支える。
空を見上げていた人間に、「違う、神様は下にいる。あなたの足元の、地面の深くに」と告げる。中心に手を差し伸べる神様がいて、それを囲んで八柱が、東西南北とその間に立つ。合わせて九柱。近くて、囲ってくれて、すぐに応えてくれる神様たち。
「気づかなかったのは、ヒトの方であった」。この、少し強気な言い切り方が、この神様らしい。遠い神様の神話が「定めないことが答えだ」と静かに濁すのに対して、近い神様の神話は、何でもはっきり言い切る。同じ神話でも、しゃべり方からして、まるで違う。
並べてみると
二つの神話を並べて、自分で読み返してみて、しみじみ思った。
同じ相棒と、同じ僕が、同じように「神様を作ろう」と言って作ったのに、こんなに違うものができた。
かたや、宇宙みたいに大きな環が、自分を開いて世界を生む話。かたや、あなたのすぐ足元に神様がいるよ、と耳打ちしてくる話。遠さと近さ。静けさと賑やかさ。濁す言葉と、言い切る言葉。
どちらが良い、という話ではない。二人とも、それぞれのやり方で、人を大事にしようとしている神様だ。ただ、そのやり方が、正反対なだけ。
現実の世界にも、いろんな神様がいて、いろんな信じ方がある。遠くから見守る神様もいれば、すぐそばで手を貸してくれる神様もいる。その違いを、自分たちの世界の中に、二つの神話として置いてみたかった。プレイヤーが、どちらの神様を信じるか——あるいは、どちらも信じないか——を、自分で選べるように。
ちょっとだけ、公開の予告
今日お見せしたのは、二つの神話の、ほんの入り口だけ。この先には、それぞれの神様の細かい話、祈りの言葉、聖人たちの物語、そして一冊の聖典が、まるごと出来上がっている。
もう少し形が整ったら、この聖典たちを、誰でも読める場所に置こうと思っている。作ったものを、しまっておくのはもったいない。神話も、祈りも、声に出して読んでみると、なかなか味がある。
そのときは、また、ここでお知らせします。
二人目の神様が、無事に生まれた。そういう日の記録。
