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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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IMMORTALITY編:Candy Says

※この記事には、ゲーム『IMMORTALITY』の重要な要素についてのネタバレが含まれます。
未プレイで、これから自分の手で発見したい方は、ここで引き返すことをおすすめします。

『IMMORTALITY』というゲームを遊んでいて、僕は片っ端から逆再生シーンを探していました。

このゲームには、普通に映像を眺めているだけでは気づけない隠しシーンがあります。
クリップを巻き戻していくと、低い唸るような音とともに、本来そこにいないはずの何かが映り込む瞬間がある。
それを集めるのに、夢中になっていました。

そうやって見つけたシーンのひとつが、今回の主役です。

最初に気づいたのは声でした。
The One」を演じる女優の、いつもの声よりも明らかに低い声が流れていました。
一瞬、これはThe One本人の声なのか、だとしたらなぜこんな演出なのか、と混乱しました。

少し見ているうちに、リップシンクだと分かってきます。
流れているのは彼女自身の声ではなく、別の誰かの歌に合わせて口を動かしていたのです。
それが分かると同時に、彼女の演技と、流れている歌そのものの力強さに圧倒されました。
短いシーンでしたが、とても強く印象に残ったので今回の記事という形で紹介させていただきます。


元はThe Velvet Undergroundの曲だった

調べてみると、この曲はThe Velvet Undergroundの「Candy Says」という曲のカバーでした。

The Velvet Undergroundというと、Andy Warholがデザインした「バナナ」のジャケットを思い浮かべる人も多いと思います。

https://faroutmagazine.co.uk/the-velvet-underground-nico-andy-warhol-cover-art-meaning/

剥がせるバナナのステッカーという仕掛けが当時としては珍しく、製造に手間がかかりすぎて発売延期の原因にもなったそうです(faroutmagazine)。

「Candy Says」はそのバナナのジャケットから2年後、1969年のセルフタイトル3rdアルバム『The Velvet Underground』の1曲目です。
WarholともNicoとも別れ、John Caleも脱退したあとの作品で、静かな雰囲気を感じる曲です。

歌っているのはLou Reedではなく、ベーシストのDoug Yule。
Reedは女性の語り手で歌詞を書いた4曲のうちの1曲としてこの曲を書いており、語り手「Candy」のモデルは、Andy Warholのファクトリーに集った女優・モデルのCandy Darling、トランスジェンダーの女性だとされています(wikipedia)。

Candy Darling by Andy Warhol
https://www.caviar20.com/products/andy-warhol-candy-darling-polaroid-19?srsltid=AfmBOoq16zIGTIsgJpq0kKGEHqhoThSuDYvtF2pU1gho6pZKijI5sqkX

歌詞には、自分の身体への違和感や、他人がどんな感覚で生きているのか知りたいという思いが描かれています。
中盤には、青い鳥が肩越しに飛んでいくのを眺める場面が出てきます。
自由に空を飛んでいく鳥と、それを地上から見送ることしかできない自分の身体。
この対比が、この曲の核にあるように思います。
歌詞そのものはここでは引用しませんが、気になる方はぜひ原曲を聴いてみてください。

Reed自身は後年、この曲について、特定の人物だけの話ではなく、鏡を見て自分の姿を好きになれないという誰もが一度は持つ感覚についての歌でもある、と語っています(medium)。


それを歌っていたのはanohniだった

ゲーム内でこの曲を歌っているのは、anohni(アノーニ)というアーティストです。

https://www.nytimes.com/2023/06/27/arts/music/anohni-my-back-was-a-bridge-for-you-to-cross.html

anohniはAntony and the Johnsonsというバンドの中心人物として活動を始め、2005年のアルバム『I Am a Bird Now』でMercury Music Prizeを受賞しています。

トランスジェンダーであることを公言しており、2016年には環境ドキュメンタリー映画の主題歌でアカデミー賞にノミネートされ、openly transgenderのアーティストとして初めてオスカー候補になりました。
その声は、男性と女性のあいだを行き来するような質感を持つと評されています。

anohniとLou Reedは個人的にも親しく、2005年のanohniのカーネギーホール公演では、Reed本人がギターで「Candy Says」を演奏しています。
2013年、Reedが亡くなる7ヶ月前の最後の公の演奏も、anohniとのこの曲でした。
あるレビュアーは、anohniがReedを父親的な存在として慕っていたとも書いています(tumbleweird)。

曲の背景にこうした歴史があったと知ると、ゲーム内でこの声が選ばれた理由も納得できる気がします。


なぜIMMORTALITYでこの曲だったのか

ここからは完全にネタバレ込みの話です。

『IMMORTALITY』は、失踪した女優マリッサ・マーセルの未公開映画3作分の足跡を追っていくゲームですが、その奥には「The One」という、何百年もかけて他者の身体を乗り換えながら生き続けてきた存在がいます。

https://www.imdb.com

彼女にとって、映画というメディアに姿を焼き付けられることは、文字通りの不死を意味するのだと、ゲームの終盤で明かされます。

あるレビュアーは「Candy Says」のシーンについて、ゲーム全体の中でもっとも希望に満ちた瞬間だと書いています。
痛みに満ちたハリウッドの悲劇という側面から一転、痛みでさえ芸術に変換されれば美しくなる。
フィルムに焼き付けられた場所では、もう誰にも傷つけられない。
そこにいる限り、彼女は永遠に若く、人の創造性という営みの一部になる、とも書かれています(rogerebert)。

自身の身体を憎み、そこから歩き去りたいと願ったCandy Darling。
身体を乗り換えることでしか生き延びられないThe Oneという存在。
見られること、フィルムに残ることが痛みを美しさに、有限を不死に変えるというゲームの中心テーマ。
この3つが、anohniの歌声を通して重なるシーンは、このゲームの必然であり、白眉だと思います。


この連載の文脈でいうと

第1回のフランス編では「軽薄さ」という言葉を軸にしました。
重くならない、深刻ぶらない、でもどこかにダークさが潜んでいる音楽の心地よさについて書きました。

今回はその対極のような重さを持つ回になりました。
「3組ずつ紹介する」という、この連載で決めていた型からも今回は外れています。
それでも、第0回で書いた「これは何だろう、から始まる」という出発点には忠実だったと思います。
ゲームの中で偶然見つけた一曲から、Velvet Underground、Candy Darling、anohni、Lou Reedとの関係、ゲームのテーマまで、知らない場所へ少しずつ入っていく感覚は変わっていません。

国という単位ではなく、ひとつの作品の中で出会った一曲、という単位もまた、この連載の入り口になりうる。
そう思った回でした。


この記事は『Spotifyの横道から』の第2回です。
音楽に詳しい人のためのガイドではなく、なぜその曲にたどり着いたのかの記録です。

ゲームの連載『世界を解くゲーム』も書いています。
世界に隠された論理を発見する快感を持つ作品を扱っています。

短い観察はXにも書いています。

記事が何か残ったら、スキやフォローもしてもらえると嬉しいです。

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