#42 さよならができなかった春が来た
昨日、トラムの窓からプラハの街を眺めていて、ふと思った。
そういえば私、あのコロナの始まりを、プラハで過ごしたんだ。
2020年。駐在一年目が終わろうとしていた。
そしてそれは同時に、
私にとって大きな別れの季節でもあった。
二年目を迎えるということは、
お世話になった上司や奥様、先輩たち、同僚たちが、任期を終えて日本へ帰るということだった。
一年目。
右も左も分からなかった私に、海外生活を教えてくれた人たち。
スーパーの歩き方。
病院の行き方。
チェコ人との付き合い方。
異国で暮らすということ。
海外で生きるということ。
その全部を教えてくれた人たちだった。
だから私は、
その人たちが帰ってしまう現実を、
なかなか受け入れることができなかった。
あと何日。
あと何日。
あと何日。
毎日、カレンダーを見ては数えていた。
悲しみのカウントダウン。
できることなら、その日が来なければいいのに。
本気でそう思っていた。
そんなある日。
世界を震撼させるニュースが流れた。
新型コロナウイルス。
「新型コロナウイルス?」
聞いたこともない名前だった。
私は最初、
「まあ、そのうち落ち着くんだろうな。」
そんな呑気なことを思っていた。
まさか世界が止まるなんて、想像もしていなかった。
でも世界は、信じられない速さで変わっていった。
テレビをつけても。
ネットを開いても。
流れてくるのはコロナのニュースばかり。
国境。
入国。
帰国。
隔離。
ロックダウン。
今まで知らなかった言葉が、毎日のように飛び交うようになった。
どうなるんだろう。
皆さんは、帰国できるんだろうか。
そして、日本へ入れるんだろうか。
私達の仕事は続けられるんだろうか。
外へ出てもいいんだろうか。
人と会ってもいいんだろうか。
誰も分からなかった。
本当に、
誰も分からなかった。
世界を覆っていたのは、
ただただ、恐怖だった。
そして気づけば、
私たちは離れ小島に取り残されたような気持ちになっていた。
いや、
きっと世界中の誰もが、
同じような気持ちだったんだと思う。
初めてチェコで日本人感染者が出た時。
周りには、
「日本人初の感染者にならなくてよかった。」
そんな空気が流れていた。
見えないものへの恐怖。
そこから先は、本当に早かった。
矢のような速さだった。
帰国を決める人たち。
急いで進められる帰国準備。
予定されていた送別会はなくなった。
集まることもできなくなった。
結局私は、
お世話になった上司にも。
奥様にも。
空港で「ありがとうございました」と伝えることができなかった。
見送ることも。
手を振ることも。
最後に顔を見ることすら。
全部、できなかった。
「またね。」
「元気でね。」
「ありがとうございました。」
そんな当たり前の言葉さえ、言えなかった。
面と向かってお別れをすること。
それは、
当たり前じゃなかったんだ。
私はあの時、初めて知った。
そして今でも時々、
トラムの窓からプラハの街を見て思う。
あの春、
世界は確かに止まった。
でも、
私の大切な人たちとの時間も、
あの日、
静かに終わってしまったのだと。
(つづく)
