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コーヒー豆のダンス─ハイドンのピアノ・ソナタ

コーヒーか紅茶か。
どちらの香りも好きだけど、
普段はコーヒーを飲むことが多い。

昔、豆を挽いてコーヒーを淹れていた時期があった。
しかも、ものすごーく忙しかった時期。

時間が無いのに、手動のミルを使ってコーヒー豆を挽いた。
ハンドルをグルグル回して、ガリガリと豆を挽いていく。
小さな引き出しを開けた瞬間の香りが大好きだった。
力がホッと抜ける。

その瞬間のために豆を挽いた。
家でコーヒーを飲むのは私だけだ。
1人分の小さなミルで、ガリガリガリガリ。

今は時間はあるのに、豆は挽かなくなってしまった。
不思議だ。

今なら、時計の針を気にしながら焦ってガリガリやらなくてもいい。
その気になれば、ゆっくりゆったり豆を挽いてコーヒーを淹れることができるのに。
なぜか、その気がなくなってしまった。

それでもコーヒーは好きなので、今ではドリップバッグでコーヒーを淹れて、ホッとする時間を過ごしている。

コーヒーの香りがしてくるピアノ演奏がある。
ラルス・フォークトが弾くハイドンのピアノ・ソナタだ。


・ハイドン(Franz Joseph Haydn)
・ピアノ・ソナタ 第60番 ハ長調
第1楽章(Piano Sonata No.60 in C major, Hob.XVI:50 - I.Allegro)

ピアノ:ラルス・フォークト(Lars Vogt)

冒頭から愉快な気持ちになる。
軽く跳ねるピアノの音。
素直な明るさ。

初めてこの演奏を聴いた瞬間、頭の中でコーヒー豆がダンスした。
深いこげ茶のコーヒーの香りが漂ってきそうな、丸みのある豊かな音だ。

低音は、ステッキがちょっと威張って歩いているみたいに聴こえる。
このステッキの低音の響きが大好き。


ハ長調の真っ白な明るい空間を背景に、黒檀のステッキとこげ茶のコーヒー豆がダンスする。

転がるような、ユーモアを感じる、楽しい曲だ。
コーヒー豆がタンタン跳ねて、クルクル転がっていく。
ステッキは、斜めにかかとをついてリズムをとる。

コーヒー豆たちが、きらきら星を歌う。
上品なこげ茶のコーヒーの香りが、あたりにふわふわ流れていく。


・ハイドン(Franz Joseph Haydn)
・ピアノ・ソナタ 第15番 ホ長調
第1楽章(Piano Sonata No.15 in E major, Hob.XVI:13 - I.Moderato)

ピアノ:ラルス・フォークト(Lars Vogt)

このソナタも明るくて元気いっぱいの曲。

頬骨が2cmくらい上がります。
思わず「ニコッ」としちゃうよ、という意味です。

そして、フォークトが弾くハイドンは、なぜかやっぱりコーヒー豆のダンスを思わせる。

こちらのコーヒーは、やや深煎りだ。
ミルクと合わせてカフェ・オ・レに。

コーヒー豆が、トゥトゥトゥ、とつま先立ちで横切っていく。
大きくV字を描いて踊るリズム。

こういう曲は自然に体がリズムに乗って揺れていくのが楽しい。
これが音楽。

目の奥が「さあっ」と洗われたように、ピカピカした気分になって、爽やかな気持ちになります。

「忙しい、忙しい」が口癖だったあの頃、私はミルを回すことで、無意識に自分のための時間を作り出していたのかもしれない。
今はもう手動のミルは使わなくなったけれど、フォークトの軽やかでシックなハイドンを聴いていると、あの引き出しを開けた瞬間のコーヒーの香りを思い出す。

焦って挽いていた豆も、今ここで踊るピアノの音も、私にとってはかけがえのないホッとする「元気のみなもと」。

フォークトのピアノは、艶やかな褐色の、はつらつダンス。
同時に、姿勢がスッと伸びるような、気品がある音。
美味しいコーヒーの香りが広がる演奏だ。

ピアノ・ソナタ第15番 ホ長調 Hob.XVI:13  
第3楽章 フィナーレ(III. Finale-Presto)

ピアノ:ラルス・フォークト(Lars Vogt)




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