第二十七章→第二十八章 読んでくれた人
僕が書いている文章を、信頼できる女性の友人に読んでもらった。
正直、少し緊張した。
これまで、自分のおへそのことを誰かに話すこと自体が、僕にとって大きなことだった。
まして、それを文章にして読んでもらう。
どんなふうに思われるだろう。
そんな不安は、やっぱりあった。
でも、思い切って読んでもらった。
しばらくして、感想が届いた。
「面白かった」
最初に、そう書いてあった。
そして、
「なんか物語を読んだ感じ」
と続いていた。
僕は、その言葉を何度か読み返した。
自分では、ずっと自分の悩みを書いているつもりだった。
恥ずかしかったこと。
辛かったこと。
隠してきたこと。
そんな記憶を、一つずつ文章にしてきた。
それを読んだ友人は、僕が思っていたのとは少し違う受け止め方をしてくれた。
「世の中、こんな悩みを抱える人もいるんだな」
「同じことを悩んでいる人には興味深い話だよね」
そんな言葉もあった。
そして、
「で、次どうなった?」
と読み進めてしまったという。
その感想が、なんだか嬉しかった。
僕にとっては、長い間のコンプレックスだった。
でも、文章にしてみると、一人の人間が自分の身体とどう付き合ってきたかという、ひとつの物語にもなるのだと思った。
さらに、友人はこんなことも言ってくれた。
「それぞれの生き方、在り方、安心できる居場所」
「こだわらない、とらわれない、本当にココロが自由な生き方」
その言葉を読んで、少し考えた。
僕は六十歳になるまで、自分のおへそを気にし続けてきた。
隠したい。
見られたくない。
普通だったらよかった。
そんな気持ちは、何十年経っても消えなかった。
でも今は、それを文章にしている。
誰かに読んでもらっている。
そして、その人が僕のことを変な目で見るのではなく、一つの物語として受け止めてくれた。
それは、僕にとって小さくない出来事だった。
もしかしたら、自分の身体を好きになるというのは、
「何も気にしなくなること」
ではないのかもしれない。
気になる自分も含めて、
「これも自分なんだ」
と思えることなのかもしれない。
友人からもらった感想を読み終えて、僕はパソコンの画面を閉じた。
少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
書いてよかった。
今は、素直にそう思えた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
物語は、もう少し続きます。
第二十九章 誰かに届くということに続く
