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「裏方」という言葉に、ふと思った

今日も二階のリビングで書いている。

8月も半ばを過ぎて、病院の森の上に広がっている空の顔も、夏色から少し秋の色がし始めたかな。

一階の台所からは、奥さんが、いつものように……とは少し違うけれど、昼を過ぎてしまった朝食の準備をしている音が聞こえてくる。

息子くんが夜勤から帰ってきてから、一緒に食べようと待っていたら、こんな時間になってしまった。

帰ってくるのかなぁ。

夜勤明けで、どこか寄り道でもしているのかもしれない。

外食は嫌いなので、今夜の夜勤までには帰ってくるだろうとは思っているけれど。

おぉ、息子くんが帰ってきた。

玄関先から、でかい声が聞こえてきた。

奥さんが、息子くんの今日あったことのダイジェストを聞いている。

そうそうそう。

昨日の夕食後、一階のリビングに座っていたら、奥さんが、

「ちょっと、こっち来て」

と、ニコニコしながら言った。

お義父さんの部屋に入って、窓の外を眺めると、三日月と一番星、金星が横に並んで、くっきりと見えた。

トルコの国旗も、月と星。

だから、何か意味ありげで、奥さんもなんとなく嬉しくなったのだろう。

意味ありげなことが、奥さんは好きなのだ。

そんな嬉しそうな顔を見ていたら、私も嬉しくなった。

二階の窓から、スマホのシャッターを切った。

あっ、それから。

最近、あまり登場していなかったお義母さん。

奥さんと、最近よく長電話をするようになったらしい。

その電話の中で、今度、10月の後半ぐらいから、旅行に一緒に行かないかと誘われたそうだ。

旅行といっても、毎年のように行っていた、エーゲ海側のダッチャ。

息子くんも、働く前は毎年のように行っていた。

奥さんも、たまに行く。

今度は、二人も一緒に来ないかと。

母娘の距離に、少し進展あり。

そんな感じがした。

ここ二か月ほど、夏の家で離れて暮らしていたから、少し、お互いに恋しくなっていたのかな。

そんなことを、ふと思った。

さてさて、何を書こう。

今週は、ある言葉が、心の中に余韻を残していた。

お母さんと、中学生になる娘さんとの会話。

娘さんが、将来のことを話していて、

「裏方で、人を支える仕事って、すごくカッコよくない?」

そんな言葉を話していた。

目を輝かせながら話す、その情景と一緒に、その言葉がなんとなく心に残った。

そして、二、三日後。

また、その言葉に触れることがあった。

すると、また同じように、心がそちらに引っ張られる。

なんでなんだろう。

昭和生まれの、競争社会の中で生きてきたからかなぁ。

脚光を浴びる人。

一番になる人。

目立つ人。

そういう人に、憧れ半分、やっかみ半分のような気持ちが、どこかにあったような気がする。

社会も、そういう人に価値があるような風潮だったように思う。

リーダーになること。

出世すること。

多くの人に影響を与えること。

そういったことが、「価値のあること」として語られることが多かった。

でも、実際には、

リーダーや上司、影響を与える人も、

メンバーや部下、影響を受ける人がいて、はじめて、その力を発揮できる。

表に立つ人がいるなら、

その人を支える人もいる。

目立つ人がいるなら、

目立たないところで、その人を支える人もいる。

どちらか一方だけでは、成り立たない。

そう考えると、裏方さんのような人も、リーダーや上司と同じように、大切な価値を持っているのかもしれない。

そういえば、男女という言葉にも、どこか似たところがあるのかもしれない。

社会の中で、強さや競争、決断、リーダーシップといったものが価値として語られるとき、そこには男性的なイメージが重なっていたような気もする。

一方で、支えること、育てること、気持ちをくみ取ること。

そういったものは、女性的なものとして捉えられ、その価値が十分に評価されてこなかった部分もあったのかもしれない。

でも最近は、そうしたものの価値も、少しずつ見直されているように感じる。

「裏方で、人を支える仕事って、すごくカッコよくない?」

そう言った娘さんの、キラキラしたまなざし。

そこに、自分が「裏方」という言葉に感じていた、少しもやっとしたものとは違うものを感じた。

もしかすると、そこに希望を感じたのかもしれない。

光と影。

ポジティブとネガティブ。

リーダーとメンバー。

社長と社員。

大臣と国民。

言葉のイメージとしては、どうしても前にある言葉のほうが、価値があるように感じてしまう。

でも、本当はそうじゃない。

どちらもなければ、存在できない。

光があるから影ができるし、

影があるから、光も見える。

リーダーだけでは、組織は成り立たない。

支える人がいるから、リーダーもその役割を果たせる。

そんな当たり前のことを、あの娘さんの言葉が、あらためて思い出させてくれたのかもしれない。

そして、もしかすると、

「裏方」という言葉そのもののイメージも、少しずつ変わってきているのかもしれない。

一番になる人だけではなく、

その人を支える人にも価値がある。

表に立つ人にも、

その後ろにいる人にも、

どちらにも、それぞれの役割がある。

そんなふうに、光と影の調和が、少しずつ取られてきているのかもしれない。

ある娘さんの、何気ないひと言から。

そんな時代の変化を、ふと思った。

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