【短編小説】AIの言う通りに生きた男の末路(1768文字)
最近、上司の様子がおかしい。
「我が社の規模を縮小しなければいけないな。我が社の維持管理コストは会社の規模に対して大きいらしい。」
「この法律によると、その行為はクロだ。」
「今日のアジェンダを作ってみた。」
一見、まともな言動。
だけど、掘り下げてみると、どうも矛盾した点が出てくる。
それを指摘すると必ず、二言目にはこのセリフが飛び出す。
「だって、AIがそう言ってるから!」
困ったらすぐコレだ。
これだけだったら正直まだいいけど、最近は輪にかけておかしくなってきた。
まず、所持品が変わった。
先日、出社した上司の左腕にはいつもの腕時計がなかった。
上司は重度の高級時計オタクだ。
プライドが高く、承認欲求を満たすためなら金に糸目は付けないタイプの人間だ。
だけど、ご自慢の機械式時計が、スマートウォッチになっていた。
「え?あれ?いつもの腕時計はどうされたんです?」
「ああ、職場で着ける最適な腕時計を提案されてね。思い切ってコレにしたんだ。前のは売ったよ。」
「あんなに大事にされてたじゃないですか!」
「だってAIがそう言ってるから!」
その日、いつもの高級外車ではなく、ハイブリッドカーで帰って行った。
恐らく、AIに同じように提案されたのだろう。
その翌日の出勤時も変だった。
まず前日と同じシャツとネクタイを着て出勤してきたので誰もが目を疑った。
「昨日と同じ服じゃないですか?クリーニングに出す暇もなかったんですか?」
「いや、違うぞ。AIが今日の私に最適な服装を分析した結果、『昨日の服装が、今日の天候、湿度、そして今日の私のモチベーション維持に最も適している』という結論が出たのだ。AIの最適解に、人間の感情論は不要だ!」
これには課長も堪らず、社会人としてのマナーについて懇々と話していたが、上司は聞く耳を持たなかった。
そして、やはり言うのだ。
「だって、そうAIが言ってますから!」
課長は、やれやれと分かりやすいジェスチャーをして、すごすごと帰って行った。もともと頑固な人なのだ。こう言いはじめたらテコでも動かない。
上司の言動はそれだけにとどまらず、ますます滑稽になっていった。
会議中、急に食事を始めては「プロテインの摂取の時間ですから!」と言うし、社食にランチに行っても、AIにメニューを決めてもらっていた。その間、券売機の前で固まっていたので行列ができていた。
AIが完全に彼の脳と化してしまったため、上司は自分で判断を下す能力を失っていった。
「君、あの資料の件、どうだった?」と課長に聞かれると、上司は自分のスマホを取り出し、AIに尋ね始めた。
「よし、AIは、『結論をまず述べ、その後に根拠を示すべき』と言っているな。ところで、結論って何だったかな?」
上司に直接質問しても、AIに再入力して、AIの回答をオウム返しするだけ。自分で記憶したり、判断したりするプロセスが完全に抜け落ちていた。
何か指摘されるとすぐあのセリフを言う。
「だって、AIがそう言ってますから!」
ここまで来ると滑稽を通り越して心配になってくる。
そして、ある日、事件が起きた。
上司が、前日と同じ服装で出勤してきたので、
「あ!今日もAIに昨日と同じ服装を提案されたんですね。」と軽くイジってみた。
「いや…それが…女房に逃げられたんだ。」
あまりに重い言葉に、僕は思わず聞き返してしまった。
「……え?え?なんでですか?」
上司は首をかしげたまま、真面目な顔で答えた。
「わからん。
昨日までは普通だったんだが、急に“もう無理”と言われて出て行った。
理由を聞いても“自分で考えて”とか言うんだ。
だからAIに聞いたんだが──」
そう言ってスマホを取り出した。
「“まずは落ち着きましょう”って回答だけ返ってきた。
ますます意味がわからん。」
いや、意味はわかる。
わかりすぎるほど、わかる。
でも、それを本人に言う勇気はなかった。
「いや……仕事に来てる場合じゃないですよ。
今日は帰って、ちゃんと奥さんと──」
僕の言葉を遮るように、上司はデスクに向かい、PCを立ち上げた。
目の下にクマをつくり、魂が抜けたみたいな顔で。
それでも、淡々とログインし始める。
「いや、仕事するよ。」
カタカタとキーボードを叩きながら、
上司は、いつものように続けた。
「だってAIがそう言ってるから。」
今まで聞いた中で一番弱々しくオフィスに響いた。
